司令官である青年・小林と恋人同士になった。つい先日、青年のほうから指輪と共に愛を伝えられ、すでに彼と同じ気持ちであった吹雪は何の迷いもなくそれを受け入れた。指輪は練度の上限を解放するシステム、ケッコンカッコカリに使われるものではなく、青年が自ら店で買ってきたという特別な指輪だ。
 そして彼の左手の薬指にも、吹雪のものとお揃いの指輪がはめられている。ふたりの仲が鎮守府内で公になった後も、青年は皆の前で吹雪との仲を主張しようとはしなかった。冷やかされるのが苦手だと前から言っていたが、今もそれは変わらない。それならふたりきりの時は……と思えば、周りに人がいなくなった途端に青年はそわそわと落ち着かなくなり、口数も少なくなる。ふたりきりだからと言って、別人のように激しく愛してくれるわけではない。青年が椅子から立ち上がるのを見ると吹雪は、もしかしたらキスされるかもなどと妙に意識してしまうが、結局空振りに終わることがよくある。
 好きだと言われて指輪を貰った日以来、青年から特別な誘いの気配もなく恋人同士になった実感がわかない。
 司令官はきっと恥ずかしがりやさんなのよ、と如月に言われた。恋愛のことになると如月は積極的に話を聞いてくれるので、不安があるとつい相談してしまう。
 今も執務室で、書類チェックの合間に指に挟んだペンを器用にくるりと回している青年の横顔を眺めながら、吹雪は複雑な想いを抱いていた。夏が終わり肌寒くなってきたこの頃、青年は長袖Tシャツとジーンズという相変わらずの私服に、黒いカーディガンを合わせている。
「どうした、吹雪」
「えっ!? あっ、その……」
 突然こちらを向いた青年が、吹雪の視線に気付いて問いかけてきた。ぴくっと肩が跳ね、動揺しているのが丸わかりだ。
「前から思ってたんですけど、司令官ってお顔の造りが日本人離れしているというか、目鼻立ちが濃いめだなって……」
 以前、鈴谷から聞いた「素朴な疑問」をとっさに思い出し、吹雪はそれをそのまま青年に伝えた。眼鏡をかけていても、確かに彼は純粋な日本人とはどこか違うものを感じる。よく見ると唇も少し厚めだ。そこに意識を向けると、また恥ずかしい気持ちになってしまう。
「ああ、じいさんがアメリカ人だから、そのせいだと思う」
 クオーターという言葉が吹雪の頭に浮かんだ。それは顔以外にも、逞しい身体つきや独特の佇まいからも納得できる。
「そうなんですか、初めて聞きました……」
「吹雪」
 名前を呼びながら、青年はすぐ横の椅子に座っている吹雪に近付いてくる。またしても期待が空振りに……と思ったが、今度は違った。
「恋人らしいこと、できてなくてごめん」
「えっ……」
「俺、普段は立場もあるし余裕っぽく振る舞ってるけど、本当は全然余裕なんかないの。だってしょっちゅう取り乱してたら、誰も俺についてこないだろ。だからここにいる時は昔のことは忘れて、冷静でいなきゃいけない」
 過去に女性から酷い仕打ちを受けたせいで、青年は女性不信になっていた。吹雪と付き合っている今でも、その傷は癒えていないのだ。
「司令官、私の前では力を抜いていいんですよ。そのほうが私は嬉しい、です」
 吹雪は自らの指輪をそっと撫でながら、青年にそう告げた。女性に対して警戒心を抱いていた彼が、吹雪には心を許した。告白してくれたということは、そういう意味だと思う。
 一呼吸置いたタイミングで、青年の顔が更に近付く。まさかこれは、と察した瞬間に青年と吹雪の唇が触れ合った。数秒にも満たない出来事の後、固まっている吹雪の前で青年は顔を赤らめて目を逸らす。そして再び机に向かい、不自然に前のめりになりながら書類に目を通し始めた。
 何もかも未経験な吹雪ですら初々しさを感じるほどの、あまりにも純情すぎるキスだった。チャラいだの女遊びが激しそうだのと噂されている普段の彼からは、とても想像できない。



 その日の夜、吹雪は部屋のベッドの中でも青年とのキスを思い出しては興奮して、なかなか眠れなかった。吹雪にとってはキスはあれが初めてで、もちろん相手に不満はない。あるわけがない。
『吹雪ちゃん、相手がたとえどんなに素敵な人でも簡単に身体を許しちゃだめよ。付き合って間もないのにそんなことになったら、男の人からすぐに飽きられちゃうから』
 如月に言われた、そんな怖い話が心に引っかかっていた。正直言うと、青年が吹雪との行為を望むのなら自分もそうしたいと思っている。それではいけないのだろうか。
『いつまでも男の人に我慢をさせろって意味じゃないわよ。吹雪ちゃんが、この人になら全てを捧げても後悔しないって、本当に納得できてからのほうがいいってこと。男の人には、「頑張らないと、ご褒美は手に入らない」って思わせるくらいがちょうどいいのよ。司令官は、吹雪ちゃんのために待っていてくれるかしら?』
 我慢をさせるとかご褒美とか、吹雪にとっては考えもしなかったことばかりだ。またふたりきりの時にキスをされたら、今度こそ変な気分になってしまうかもしれない。距離が近付いた時の、かすかな煙草の匂いにすら色気を感じていた。
 唇が触れ合っただけのキスからその先のことを想像してしまい、罪悪感と共に胸が高鳴った。もし最後まで行ってしまうなら初めてはやっぱり青年の部屋で、今度は深く求め合うようなキスをしながら服を脱がされて……と、吹雪の頭の中で淫らな物語が勝手に展開していった。服の上からでも分かる青年の逞しい身体の下で、全てを晒しながら快感に溺れていく自分。
――――――『し、司令官……赤ちゃんできちゃうから、そのままはだめ、です』
――――――『吹雪は俺との子供、欲しくないの? 俺以外の男のものが入らないように、吹雪の中をいっぱいにしてあげるから。最後の1滴まで受け止めて』
――――――『結婚もしてないのに、そんなの、まだ……』
――――――『だめって言いながら俺のもの、すごい締め付けてる。吹雪の中きつくて、もう俺……我慢できないよ』
 あの人はそんなこと言わない!! と、吹雪は自分で繰り広げた大胆な妄想を慌てて否定する。あんなに初々しいキスをして真っ赤になるような人が、結婚前に避妊具も着けずに吹雪と行為に及ぶはずがない。
 すっかり妄想が盛り上がり、何となく下着の中に手を入れるとそこはもうぐっしょりと濡れていた。更に指を動かすと、濡れた膣の入り口はそっと触れた吹雪の指先を飲み込もうとしていた。
(私のここ、司令官のあそこを欲しがってる……? まだキスしかしてないのに、そんなのだめ、なのに)
 今まで触れたことのない小さな穴は、ためらう吹雪の中指をぬるりと飲み込んでいった。思わず声が出そうになり、もう片方の手で口を押さえた。二段ベッドの上では、ルームメイトの白雪が眠っている。いやらしい声を聞かれたくない。
 慎重に進めていく指を、粘膜の狭い壁が締め付ける。つい先ほど妄想した、青年の台詞を思い出してしまう。指を動かすと、布団の中から湿った音が聞こえてきて淫らな気分を更に盛り上げる。
 当然、指では奥のほうまでは届かない。もし、もっと大きくて太いものが入ってきたら、奥まで届いてもっと気持ち良くなれるかもしれない。如月の忠告を忘れて、あの青年に抱かれたい。
――――――『しれい、かん……私、司令官の赤ちゃん産みたい、です』
――――――『いいよ……じゃあ、吹雪が妊娠するまで毎日中に出してあげるよ。執務室でも外でも、早く俺の子供を産んでくれるように1日何回でも、こうして……』
 再び妄想をしながら、指を2本に増やして動きを更に激しくする。声が漏れそうになるくらい自慰に夢中になり、青年が吹雪の子宮口に精液を注ぎ込むところを思い描く。やがて吹雪は声を抑えながら絶頂を迎え、膣から愛液が溢れ出した。



 翌朝、執務室で青年と顔を合わせた吹雪はあの自慰を思い出して恥ずかしくなった。現実では絶対に言わないであろう言葉を、妄想の中で言わせてしまった。
「子供が……」
「えっ!?」
「昨日の夜に連絡来てさ。去年結婚した俺の兄貴のとこ、子供が産まれたんだって」
 絶妙なタイミングで出た話題に、吹雪は驚いて言葉を失った。最後まで聞いて勘違いだと分かったが、まだ動揺していた。
「結婚、子供か……いつかは、俺も」
 そう呟いた青年が、吹雪の左手の薬指に触れた。隣で俯いている彼の表情は見えないが、顔は耳の近くまで赤く染まっていた。






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2017/10/15