「ねえ択捉ちゃん、この鎮守府には女子会っていうのがあるみたいだけど、えっちな響きで何だか怪しいです……」
「ええっ! おっ、女の人だけの会なんだから、えっちなことなんかあるわけないよ! 松輪ちゃん考えすぎ!」
「女同士だって危険がいっぱい……うふふ」
 そんな会話をしながら着替えている海防艦達を目の前にして、ガンビア・ベイは混乱したまま立ち尽くしていた。鎮守府の敷地内にある宿舎に入り、部屋のドアを開いた先には予想外の光景が広がっていたのだ。
 ガンビア・ベイの存在に気付いた海防艦の1人が、
「わっ、びっくりしました! 空母の皆さんの部屋は3階ですよ?」
 部屋を間違えたらしいガンビア・ベイに嫌な顔もせず優しく教えてくれたのは、海防艦達のリーダー的存在である択捉だ。
「は、はわわ……sorry!」
 それだけを言うと、ガンビア・ベイは素早く外に出てドアを閉めると一呼吸ついた。考え事をしながら歩いていたせいか、うっかり階を間違えてしまった。しかもこれまでの中で、1度や2度ではない。もし今後出撃する機会があれば、集合場所を間違えて皆に迷惑をかけるかもしれない。同室になった龍驤にも『キミ、方向音痴にも程があるわ』とすでに呆れた顔をされているのだから。
 階段を上り、廊下の角を曲がった途端に誰かにぶつかり視界が遮られた。
「むぎゅっ!」
「Oh……Gambier Bay、大丈夫?」
 突然ガンビア・ベイの顔を覆ったのは同郷の空母、サラトガの大きな胸だった。今までは気付かなかったが、密着した彼女からは微かに甘い香りがする。
 我に返ったガンビア・ベイは、サラトガの胸の谷間から慌てて顔を離した。
「ところでGambier Bayはもうここのお風呂には入った?」
「いえ、まだシャワーで汗を流す程度で、お風呂にはまだ」
「そうね、落ち着いたらゆっくり入ってみて。Relaxできるし、疲れも取れるわよ」



 湯気に包まれた広い湯舟の中で、ガンビア・ベイは思い切り両手足を伸ばしてくつろいだ。サラトガのお墨付きだけあって、湯加減も絶妙で気持ち良い。
 レイテ湾で艦娘達と戦い、敗れた後に自我を取り戻した。深海棲艦だった自分を受け入れてくれたこの鎮守府の面々は、確かに刺激的で個性的だが誰もが優しくて温かい。もうここは冷たい海の底ではないのだ。
 そういえば海防艦達の会話に出てきた『女子会』とは一体どういうものか気になる。普通に考えれば女性だけの集まりで間違いないだろうが、それだけならああいうふうに噂になるのもおかしい。この鎮守府には大勢の艦娘がいるのだから、大雑把に言えば誰がどこで集まっていてもそれが『女子会』になる。特定の集団を表している隠語という可能性もあるが。
 今のところ自分以外は誰もいないので気楽に湯に浸かっていたが、浴場の外から誰かの話し声が聞こえてきた。
「ね、だから言ったでしょ? 鈴谷ちゃんは絶対に未経験だって」
「分かってて私達の集まりに呼ぶなんて、愛宕さんも意地悪ね。まあ楽しめたからいいけど」
「愛宕さんに突っ込まれた時の鈴谷ちゃんの顔、さいこーに面白かったわ〜。バレバレの嘘ついたって仕方ないのにねえ〜」
 ドアが開いて入ってきたのは愛宕、如月、荒潮だった。着任して日の浅いガンビア・ベイはまだ3人の誰とも話をしたことはないが、全員がただならぬオーラを発しているのを何となく感じた。
 例の女子会というのはもしかして……とガンビア・ベイが思った瞬間、愛宕と目が合ってしまった。
「あらあら、あなた最近着任したアメリカの子よね?」
「い……Yes. My name is Gambier Bay……」
「ふーん、なかなかいいモノ持ってるじゃない。嫉妬しちゃうかも、ふふっ」
 愛宕は笑顔でそう言いながら、湯舟に浸かったままのガンビア・ベイの胸元を見下ろしている。そう言う愛宕の胸はこちらの倍近く大きいので、本気で嫉妬はありえないだろう。
「ねえ、良かったらこれから私達とお話しな〜い? 向こうの国のこと色々聞きたいわ〜」
 3人の普通ではない雰囲気に圧倒されたのもあるが、そろそろのぼせそうなので正直ここから出たい。しかし湯舟に入ってきた愛宕達に囲まれて出にくくなり、それでも無理に立ち上がろうとした途端に眩暈がしたガンビア・ベイは、派手に飛沫を上げながら倒れた。



 目を覚ました時、ガンビア・ベイはいつの間にかベッドの上にいた。そばにいた明石によるとここは艦娘達のメンテナンスを行っている、医務室のようなものらしい。浴場でのぼせて倒れたガンビア・ベイを、その場に居合わせた愛宕達がこの部屋に連れてきたのだという。対面した時は少し怖かったが、悪い人達ではないのかもしれない。
 世話になった明石に礼を言って部屋を出ると、小柄な金髪の少女がこちらへ駆け寄ってきた。
「Gambier Bay! もう平気なの?」
「んんー、ちょっとお風呂でのぼせちゃって」
「もう、あんたのことだから時間忘れるくらいぼーっとしてたんでしょ! しっかりしなきゃダメよ、OK?」
 彼女はジャーヴィスというイギリスの駆逐艦だ。お互いに生まれも艦種も違うが、ガンビア・ベイはジャーヴィスにとって初めての後輩ということで、着任以来何かと気にかけてくれている。
 並んで廊下を歩いている最中、雑談がてら今日起こった出来事を話すとジャーヴィスはこちらの正面に立ち、目を輝かせた。
「それ、ラッキースケベってやつじゃない!?」
「えっ、ら、Lucky……?」
「秋雲が持ってるcomicで読んだことあるから、ゼッタイそうよ! あんた最高にツイてるってことよ!」
 ラッキースケベが一体どういうことなのか分からないが、幸運艦であるジャーヴィスが断言するのだから多分間違いない……気がする。






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2019/3/26