「すっ、鈴谷の昔のオトコなんかすっごいんだから! ゴム着けてあげた後、手でちょっとイジっただけでビンビンになっちゃって、ゴムのサイズ合ってないんじゃないかってくらい、まーとにかくすごかったんだよね〜」
 得意気にそう語る鈴谷に、向かい側に座って紅茶を飲んでいた愛宕がちらりと視線を上げた。
「あらあら、鈴谷ちゃんの元カレってば相当すごかったのね〜。でもゴムって普通、男の人のアソコが大きくなってから着けるものなんだけどね、うふふっ」
 愛宕の鋭い指摘に鈴谷は絶句した。そんな情報、昨日読んだ成人向け漫画には描かれていなかった。この女子会のために必死で予習してきたのに、すっかりボロが出てしまい青ざめる。
 鈴谷の隣に座っている荒潮が、堪え切れないという調子で盛大に吹き出した。
「ふふっ……愛宕さん、鈴谷ちゃんをあんまりいじめちゃダメよ?」
「ちょっといいところ、見せたかっただけよね? 背伸びしちゃって、かっわいい〜」
 全くフォローになっていない如月と村雨から更に追い打ちをかけられ、もはや鈴谷は再起不能、精神は大破状態だ。
 ここは高雄と愛宕の部屋だが、今日は高雄が遠征任務で夜まで戻らない。そこでこの日を狙って、愛宕が主宰する『女子会』が開催されたのだ。女子会と言えば聞こえはいいが、鎮守府の廊下や食堂などでは大っぴらには語れない暴露話や、ちょっとした色っぽいネタを密室で堂々と繰り広げる、そんな感じの会だ。
 この女子会の存在自体は知っていたが、自分には縁のないものだと思っていた。ところがそんな鈴谷が今回初めて、愛宕から招待を受けて参加した。部屋に入った途端、艦娘の中でも一筋縄ではいかない面々に迎えられてさすがに動揺してしまった。荒潮、如月、村雨。更に主宰の愛宕。色々な意味で経験値の高そうな、この4人の誰にも勝てる気がしない。
 あんなことを語っておきながらも、鈴谷は今まで1度も性的な経験どころかキスすらしたことがないのだ。ここにいる艦娘達にはとっくに見抜かれていて、最初から鈴谷をオモチャにするつもりで招待したのかもしれない。
「まあ、いいけどね〜。あ、提督ったらまたあんなところで煙草吸ってる」
「司令官、鎮守府の中では絶対に吸わないのよ。私達に気を遣ってるのかしらね」
 愛宕と如月の言葉につられて、鈴谷も窓の外を眺める。すると鎮守府の裏手でしゃがみこんで煙草を吸っている男がいた。この鎮守府で艦娘達を指揮している、小林という20代半ばくらいの男。チャラそうな見た目と軽いノリ、そして海軍所属のくせにめったに軍服を着てこない。艦娘達に顔と存在を認識されていなければ、街にいる若い男が勝手に鎮守府に入り込んでいるようにしか見えない。
「ねえ鈴谷ちゃん、ちょうどいい機会だしあそこにいる提督のこと、ガッチガチのビンビンにしてきてよ」
「えっ……ええっ!?」
 一瞬愛宕が何を言っているのか分からなかったが、他の艦娘達がにやにやしながらこちらを見ていて、もしかしてそういう意味かとようやく理解した。要するに小林を誘惑して、その気にさせてみろというわけだ。正直、無理だ。
「あら〜どうしたの? 鈴谷ちゃんは超絶倫の彼氏を何度もいかせまくったテクニシャンなんでしょう? だったらこれくらい楽勝じゃないかしら?」
 見栄を張ってついた嘘が、まさかここで仇になるとは思わなかった。しかしここで逃げ出しては負け犬扱いされてしまう。
「あ、当たり前じゃん! あんなチャラ男、この鈴谷にかかればすぐにガッチガチのビンビンになっちゃうんだから!」
 そう宣言して鈴谷は昨日読んだ成人向け漫画に描かれていたように、軽く握った手を上下に動かしてみせた。
「それじゃ早速、張り切っていってらっしゃーい! あ、『夜戦』したいなら場所は変えたほうがいいわよ〜、頑張ってね〜」
 愛宕達に見送られて部屋を出た途端に、鈴谷は一転して気が重くなった。普段、小林とは挨拶がてら気軽に声をかけて雑談する程度の付き合いで、あくまで提督と艦娘の関係でしかない。
 先日顔を合わせた時に冗談で「どーする? ナニする?」とこれからの予定を聞いてみたところ、「ああ、これから煙草買ってくるわ」と笑顔であっさりかわされた。実はナニの部分を意味深に発音してみたのだが、本当に通じてないのかわざとスルーしているのか、とにかく特別な反応は一切見せなかった。
 これからやることは、かなり手こずる予感がする。しかしいかにも女慣れしてそうなので、案外ノリで付き合ってくれるかもしれない。



「おっ、提督じゃん。チーッス!」
「ういーっす」
 偶然見かけたので来ました、という感じを装いながら鈴谷は鎮守府の裏で煙草を吸っている小林に声をかけた。Tシャツにジーンズというラフすぎる格好でしゃがんでいる彼は、腰の下あたりから黒い下着が見えている。
「提督ぅー、その体勢パンツ見えてんだけど。外でしゃがんで煙草吸うとか、コンビニ前のヤンキーかっての」
「何勝手に見てんだよ、見物料よこせや」
 小林は下着が見えていることを指摘されても、普段通り平然と笑っている。次の瞬間、鈴谷の頭の中でひらめくものがあった。見物料をよこせという小林の言葉、これはまさに成人向け漫画の定番展開に持っていく大チャンスだ。
「じゃあ見物料代わりに、鈴谷のパンツも見ていいよ。ブラとお揃いの、ちょいエロいやつ! 見たいでしょ! ねっ?」
 今日の女子会のために、新しく買った下着。いかにも遊び慣れた大人の女を思わせるデザインのものを選んで、今まさに身に着けている。ノリのいいチャラ男なら軽い気持ちで見てくれるはず、と思い込んだ鈴谷はスカートの裾を微妙に持ち上げて見せた。
 しかし小林は、少し前までの笑顔から突然恐ろしく冷めた表情になり鈴谷を凍り付かせた。やっぱりこの男を誘惑するのは無理だと改めて思った。彼女でもない相手が色仕掛けで迫っても、ちらりと見た股間はガッチガチのビンビンどころか1ミリも反応していない。しかも明らかに嫌悪感を出している。
 このままではまずい、と必死で思考を巡らせたが駄目だった。
 スカートの裾を持ち上げたまま固まっている鈴谷に、小林は再び笑顔を見せた。
「俺が気になってる車のパーツ、8万もするんだよな。あー、マジ金欲しい」
「ち……ちょっと提督、鈴谷の話聞いてないよね? サイテー」
 鈴谷の代わりに話題をずらしてくれた小林に、鈴谷も慌てて調子を合わせる。それまでの空気を変えるかのように、小林は笑い声を上げて再び煙草を咥えた。
「あのさ提督、鈴谷ずっと前に街で歩き煙草やってるおじさん見たんだよね。あれって危ないし行儀悪いじゃん。でも提督は携帯灰皿持ち歩いて、しかも鎮守府の中では吸わないし、立派だなーって」
「ああ、執務室は報告に来る艦娘も入ってくるし、煙草の匂いで嫌な思いさせたくねえんだよ。ちっこい駆逐艦の子達もいるしな」
 小林はそう言って顔を上げる。彼の視線の向こうには窓越しに睦月と卯月の姿があった。鎮守府の廊下を楽しそうに歩いている。あの2人の笑顔は、提督である小林の気遣いがあってこそのものだと思う。
 この鎮守府にいる艦娘達は日々の任務をこなしながらも、非番の日や空いた時間はのびのびと自由に過ごしている。戦闘中でも無理をさせない小林の指揮に、不満を感じる艦娘は当然いない。居心地の良いこの鎮守府に着任できて、本当に良かった。
「そ、それじゃそろそろ行くね。これから熊野と買い物行く約束してるからさ」
「おう、じゃーな」
 立ち上がってこの場を離れる鈴谷を、小林は片手を軽く上げて見送る。まるで先ほどの気まずい出来事が存在しなかったかのように。もちろん熊野との約束は嘘だが、一旦引き下がる理由が欲しかったのだ。



「あら鈴谷ちゃん、おかえりなさーい」
 再び戻った部屋には、愛宕しかいなかった。ティーカップを片手に、ひらひらと手を振っている。
「他のみんなは?」
「んー、あれから遠征とか演習とかでみんな帰っちゃったの。女には色々とあるもの、ね?」
 てっきり任務に失敗した鈴谷を全員でいじり倒すという展開になると思っていたので、面食らってしまった。
「そうそう、さっきは言わなかったけどね。実はあの提督、前に私がちょっかい出した時も全然反応しなくて。こんな男もいるんだって、正直びっくりしたわ」
 あの女子会の面々を統括する、おそらく百戦錬磨の愛宕ですら小林を落とせなかった。そう考えると、処女とはいえ自分に魅力がないわけではない……と、かすかに希望がわいてきた。
「まあとりあえずお疲れ様、鈴谷ちゃん」
 愛宕はいつの間にか席を立って、鈴谷の分の紅茶を淹れてくれていた。丸テーブルに置かれた上品なティーカップからは、かすかに湯気が立っている。
 根っからのチャラ男だと思っていた小林の印象は、今日の件でかなり変わった。陰ながら艦娘達のことを真面目に考えてくれている。女遊びが激しそうだと噂されているが、実際に艦娘を手あたり次第口説いているという話は聞いたことがない。外見のイメージだけが先走った、単なる偏見だ。
「提督にはもう、心に決めた相手がいるのかもしれないわね〜。やっぱりあの子かしら、うふふっ」
 何か微笑ましい光景でも見えているのか、愛宕は窓の外を眺めながら普段の調子で笑った。
 温かい紅茶に口をつけながら、鈴谷は小林との出来事を思い出す。彼は驚くほどの美形ではないが、顔の造りは少し濃い目ではっきりしている。もしかすると外国の血が混じっているかもしれない。
 そして、がっちりとした腕や肩。先ほどのTシャツといい、上半身のラインが出るものをよく着ているので、わざと強調しているようにも見える。
 ……あいつ、何だかエロい。突然胸の内に浮かんだそんな考えを、鈴谷は紅茶と一緒に奥まで流しこんだ。




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2017/9/22