Please, smile again (後編) メグが遠征に参加することは少ない。主力メンバーは大体決まっており、 この軍の方針としては彼らを中心に鍛えていくようで、当然のように人選は毎回偏る。そして他の仲間は城で待機、という感じだ。 積極的に武器を持って戦いたいわけでも、血に飢えているわけでもないメグにとっては、かえって有り難い。 いつ戻れるのか分からない遠征へ行くよりも、部屋でからくりを作っているほうが自分には遥かに有益だからだ。 グレッグミンスターへ繋がる森は、まるで迷路のようだった。 侵入者を拒むかのような深い森。それが果てしなく、どこまでも続くのだ。 今のように、道に慣れた同行者がいないと確実に迷ってしまう。 しかも他の場所よりも敵に遭遇する確率が高いという、物騒な場所でもある。 クライブの斜め後ろを歩いていると、森の奥で白いものが動いたことに気付く。 目の錯覚か、それは人の形にも見えた。 メグが足を止めると、少し先を歩いていたクライブも立ち止まってこちらを向いた。 「ごめんねクライブさん、ここでちょっと待ってて」 「おい……どこへ行くんだ」 「すぐ戻るわ!」 1人で向かった森の奥で、メグは見覚えのある姿を目にした。 白い半袖から伸びた両腕には、細かいかすり傷がいくつも刻まれている。 それはまさに、ずっと探し求めていた人物だった。 見えるのは後ろ姿なので、こちらの存在には全く気付いていないようだ。 追っているだけでは意味がない。距離がこれ以上開かないうちに、大きな声で呼びかけた。 「こんなところで何してるのよ!」 「……メグ?」 振り向いたニナの顔は、驚きに染まっていた。 「あんたが行方不明になったって聞いて、探しに来たのよ」 「みんなで敵から逃げてるうちに、私だけはぐれちゃって困ってたの」 「大騒ぎだったのよ。ナナミちゃんなんて真っ青な顔して……」 「とにかく、この森を抜けましょ。メグが来てくれて助かったわ。まさに救世主!」 まるで何もなかったかのような、いつも通りの会話。 いつの間にかメグは、ニナに対する怒りを忘れていた。 もしかするとそんな感情は一時的なもので、ニナを殴ったあの瞬間で全て吹っ切れていたのかもしれない。 思い切り殴った後は、まるで熱が引いていくように冷静になれたのだ。 「全く……本当に調子いいんだから」 「あら、それはあんたの気のせいじゃない?」 「言っとくけど、そこの辺り足場悪いから気をつけて」 「……えっ?」 「ニナ!?」 ニナの身体が後ろに傾き、宙に舞う。一瞬遅れて悲鳴が上がった。 バランスを崩して崖から落ちそうになったニナの手首を、メグは咄嗟に掴んだ。 なんとか間に合ったものの、この腕1本で支えるのはあまりにも苦しい。 ニナは崖の上から宙吊りのようになり、足元に広がる遠い地面を見た途端に顔が恐怖で引きつった。 次の瞬間にはそんな気持ちを振り切るかのように、強い視線をこちらに向けてくる。 「あんた、私より力弱いんだから無理するんじゃないわよ!」 「そんなもの、ニナも私も大して変わらないでしょ!」 「下は草むらだし、もし落ちても何とかなるわ!」 「そういう問題じゃないって!」 メグはニナの手首を掴んだまま、地面に這うような体勢になった。 いつもの手袋をしているせいで滑りやすく、うまく力が入らない。 離れたところに居るはずのクライブが来てくれたら……と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。 自分の力だけでもニナを守れることを、証明しなくてはならない。 少しだけ、意地になっていた。今日に限っては特別に。 「ほら、やっぱりメグ1人じゃダメよ! 早く離しなさいよ、バカ!」 「バカ!? あんただけには言われたくなかったわよ!」 腕が、引きちぎれそうだ。そろそろ限界が近づいている。 もしこの腕がどうにかなってしまい、2度とからくりが作れなくなっても。 今ここで危ない目に遭っている親友を見殺しにしないと叶わない夢なら、そんなものはいらない。 だからこの手は、絶対に離さない。 離す時が来るとすれば、それはニナと一緒に自分も落ちる時だ。 そばに生えていた草の束を空いたほうの手で掴み、メグは1秒でも長くこの場に留まろうとした。 気休め程度にしかならないが、何もないよりはマシだ。 「メグ……もういいから、離して」 「イヤよ、離さない!」 「このままじゃ、あんたまで落ちちゃうわ。私はきっと、大丈夫だから」 「……また、逃げるつもり?」 「え?」 「辛くて苦しいから、今の状況から逃げたいだけなんでしょ!? そうよ……このまま怖い思いをし続けるより、 下に落ちてしまえば楽になれるもんね!」 メグがそう叫ぶと、ニナは急に険しい顔つきになる。 そうだ、そうやって怒ればいい。どんな手段を使ってでも、弱気になってしまったニナの心を奮い立たせたかった。 何事も、諦めたらそこで全てお終いだ。わずかな希望が残っている限り、諦めたくはない。 「メグ……今、あんたのことすっごく殴ってやりたいわ!」 「好きなだけ殴らせてあげるから、死ぬ気でここまで登ってきなさいよ!」 こちらに伸ばされた、ニナのもう一方の手が見える。 草から手を離してそれを掴めば、自分も落ちるかもしれない。 しかしこんな時でもメグは、持ち前の運の良さを心のどこかで信じていた。きっと、何とかなると思った。 掴んでいた草から手を離そうとした時、メグのものではない腕が崖の下へ向かって伸ばされ、ニナの手を掴む。 「クライブさん!」 「このまま引っ張り上げるぞ」 腕にかかる負担が半分以下になったメグは身を起こし、クライブと一緒にニナの手を引いた。 すると今までの痛みや苦しみが嘘だったかのように、容易く崖の上へニナを連れ戻すことができた。 引っ張り上げた勢いで地面へ仰向けに倒れたメグの身体の上に、ニナが覆いかぶさってきた。 「良かった……」 気を失っているニナの頭を抱き締めながら、メグは小さく呟いた。 空の向こう側が、うっすらと橙色に染まりはじめている。 手の届かない闇に飲み込まれる前に救うことができて、本当に良かった。 翌日、城の窓から外の様子を眺めていると、図書館の裏にニナとクライブが居た。 互いに向かい合って何事かを話しているようだ。遠く離れているので会話の内容までは分からないが、 このままいくともしかして……という甘い期待すら浮かんでくる。 あの時、クライブの力を借りなければニナを救えなかった。もしあのままの状態が続いていれば結局、 最後は2人で落ちていくしかなかったのだ。 ニナは、フリックを追い回した末に学んだ苦い教訓を生かして、 そろそろ新しい恋をしてもいいのではないかと思う。そうなっても、責めたり止めたりする者はきっと居ない。 全ては本人の気持ち次第なので押し付けることはできないが、 永遠に振り向くことのない男を待ち続けるよりはずっと前向きだ。 クライブにはニナを救える力があると、メグは信じている。 窓から離れ、再び廊下を歩き出す。 右肩の痛みはまだ完全に取れていないが、あと数日も経てば引いていくだろう。 後でニナに会えたら久しぶりにレストランへ行って、この前食べ損ねたケーキを一緒に食べようと思った。 |