独占欲むき出しの恋 その爪が小さな刷毛によって細かいラメに彩られていく度に、テーブルの向こう側に座っているミリーが目を輝かせる。 「わー可愛い! ニナちゃんありがとね!」 左右の爪を10本全て塗り終えると、ミリーは嬉々としてそう言いながらボナパルトを抱えて走り去って行った。 ここは昼間の兵舎。その名の通り、同盟軍の屈強な兵士達が常に出入りする空間だが、 その中にあるテーブルだけは違う雰囲気に満ちていた。そこにあるのは何十種類ものマニキュアと除光液。 そして兵舎には似つかわしくない年頃の少女。一仕事終えたニナは、両腕を高く上げて背筋を伸ばした。 そんな中、1人の男がそこに近づいてきた。黒いローブに身を包んだ近寄り難い雰囲気の男。クライブだ。 ニナは彼の姿に気付くと、手元のマニキュアの整頓を始めた。 「あ、ごめんね。ここ使うでしょ? すぐに片付けるわね」 「ここで何をしていたんだ」 「ミリーの爪にマニキュア塗ってあげてたのよ。前から約束してたから」 ニナが持っている大量のマニキュアは全て、グリンヒルで仕入れてきたものだ。 学園都市であるグリンヒルは多くの少年少女達が集まっているため、店にはそういう客層をターゲットにした商品が多く売られている。 休日の雑貨屋には、可愛い物を求める少女達が絶え間無く来店する。軍に入る前のニナも当然その中のひとりだった。 「器用だな」 「そうでもないわよ。私は人に塗ってあげるのは得意なんだけど、自分の爪に塗るのは苦手だから、いつもメグやシーナに頼んでるの」 話の中でシーナの名前を出した直後、クライブの眉根が何故か不愉快そうにひそめられた。 「道具を貸せ」 憮然とした表情でそう言いながら、クライブは向かいの席に腰を下ろした。 「俺が塗ってやる」 「ええっ!?」 ニナは驚愕した。まさかこの男の口からそんな台詞が出てくるとは思わなかった。 「あんた、誰かに塗ってあげた事あるの?」 「あるわけないだろう」 という事は全くの未経験だ。もし失敗しても除光液で修正すれば済むが、 どう考えてもクライブとマニキュアはイメージが結びつかない。 戸惑いと不安を抱えつつも、ニナは彼に身を任せる事にした。 あのクライブがニナの爪にマニキュアを塗っているという前代未聞のシチュエーションに、 周りの者達は信じられないという表情で遠巻きにその光景を見守っている。 クライブの骨張った指が器用に動く様を眺めていると、 顔を上げた彼と目が合った。 「下は見るな、前を向いていろ」 どうやら見られていると集中できないらしい。その言葉に従って顔を正面に向けると、 そこにはクライブの伏し目がちな顔があって(下を向いて作業をしているので当然なのだが)心臓が高鳴った。 「2人して昼間っから、手ぇ握り合ってんのかと思ったぜ」 その場に現れたビクトールの声が、静寂を破るかのように上がった。周囲の空気が緊張で張り詰めた。 「ち、違うわよ何言ってんの!」 からかうようなビクトールの言葉を慌てて否定するニナ。一方のクライブは相変わらずニナの手元を見ながら、低い声で呟く。 「……うるさい、気が散る」 状況を覚ったらしいビクトールは苦笑すると、肩をすくめながら兵舎を後にした。 正面に視線を戻すと、クライブの金色の髪が頭を動かす度にかすかに揺れていた。 ニナと同じ色のそれは、初めて姿を見た時から印象的だった。頭を覆う黒いフードが、髪の色の鮮やかさを更に引き立てている。 「終わったぞ」 その声で我に返る。マニキュアの小瓶をテーブルに置く音。待ちかねていたかのように、ニナは色を塗られた爪を見る。 クライブがどの色を選ぶのか興味があったため、ニナはあえて色の指定はしなかった。 その結果、たくさんあるマニキュアの中から彼が選んだのは、淡い桜色だった。健康な爪に近く、決して奇抜ではない無難な色。 爪からは少しもはみ出していなかった。日頃、銃の手入れなどで細かい作業をしてるからか、クライブの器用さを改めて感じさせる。 「いい色ね。ありがとう」 ニナがそう言うと、クライブは席を立った。そして真横を通り過ぎる瞬間に耳元で囁かれた言葉に、ニナは驚いて立ち上がる。 その衝撃でマニキュアが1本、テーブルに倒れて転がった。 「もう、他の男には塗らせるな」 |