どれだけ待てばいいのだろう クロムの村の村長の家。 今はもう真夜中で、家の者も同盟軍の仲間も寝静まっていた。 そんな中、ニナだけは玄関の様子が真正面から見える位置にある椅子に座り、テーブルに肘をついている。 ネクロードの手によってティント市が陥落して大変な事態になっている事が夢かと思うほど、静かな夜だった。 かれこれ2、3時間はこうしているだろう。この行為が報われるかどうかは分からない、けれど何もせずに眠る事はできなかった。 「ここで何をしている」 何の前触れも無く突然声をかけられ、ニナの肩が跳ねた。 振り向くと、とっくに寝たと思っていたクライブが階段の前に立っていた。 階段を下りてきたなら音がして気付くはずなのだが、声をかけられるまで自分以外の者が今も起きているとは思わなかった。 「べ、別に何もしてないわよ」 「あいつらが戻ってくるのを待っているのか」 彼が言っているのは軍主とナナミの事で、2人はティント市のグスタフの屋敷を抜け出し、竜口の村へ行った。 ニナとクライブが2人に同行したのはそこまでで、その後の行方は知らない。 後から追ってきたシュウが少々手荒に説得したものの、未だに戻ってこなかった。 このままだとティント市に潜入する計画は、軍主抜きで決行される事になるだろう。 「この軍に自分が必要だと思えば戻ってくる。そうでなければ戻ってこない。ただそれだけの事だ」 何でもないような感じで、あっさりとクライブはそう言った。彼にとって、軍主が誰でも関係ないのかもしれない。 形だけなら代わりはいくらでもいると。しかし実際、そういう問題ではないとニナは思う。 「……悪いけど私は、あんたみたいに簡単には割り切れないわ」 「そうか」 クライブは相変わらずの低い声で呟くと、同じ調子で続けた。 「お前はまだ寝ないのか」 「部屋に帰ったってどうせ眠れないもの。もうしばらくここに居るつもりよ」 一目惚れした男を追って同盟軍に参加した身ながら、軍主であるあの少年がどれほど皆に信頼されているか、ニナは分かっていた。 しかし、山道を走るナナミに背負われていた軍主の姿を思い返すと、何故だか切ない気持ちになった。 もしかしたら疲れていたのかもしれない。どこへ行っても注目され、皆の期待をその一身に受けて。 歳はニナとほとんど変わらない軍主は、こんなご時世でなければ学校へ通うなりして歳相応の生活を送っていたはずだ。 弱虫、とニナが去り際に罵った瞬間、軍主が見せた辛そうな表情が忘れられない。彼の気持ちも考えず、ひどい事を言ってしまった。 行方不明になった軍主を探している最中にリドリーが戦死した事を聞かされても、軍に戻るのを迷っていたふうなその態度に、 憤りを覚えて発した言葉だった。 ただ、ニナは軍主に同盟軍へ戻ってきてほしかった。彼がナナミと共に姿を消した事を城に残っている皆が知れば、 軍全体の士気にも影響する。そして何より、彼を信じていた者達を裏切る事になってしまう。 テーブルの向かいの席にクライブが座ったのを見て、ニナは我に返った。 「何してんのよ」 「さあな」 「もしかして、一緒に待っててくれるとか?」 そんなニナの問いに、クライブは何も答えない。椅子に座ったまま、それきり無言になった。 まさかこうして向かい合わせに座る日が来るとは思わなかった。同盟軍の仲間でありながら、特に接点の無かった相手。 歳も離れており、共通の趣味も無く、どう考えても気が合うとは言い難い相手。 人間の縁というものは、いつどこで何がきっかけて繋がるか分からないものだ。 繋がったのは今ではない。真夜中のグスタフの屋敷で軍主とナナミに鉢合わせして、竜口の村までクライブと共に同行した時。 突然力を失って倒れた軍主を庇うように、ナナミを含めた3人で山道の怪物達と戦った時。それらを経て、何かが変わり始めた。 数時間後、遠慮がちに開かれた玄関のドア。そこから伸びた2つの影。 その先に見知った顔を見つけて、ニナは待ちかねていたと言わんばかりに椅子から立ち上がった。 |