生まれた所を遠く離れて 図書館は相変わらず静かで、読書をするには最適の環境が整えられている。 内部の掃除も行き届いており、これもひとえに管理者であるエミリアの努力の賜物だ。 特に何の意味も無く覗いた図書館の奥の席に、ニナが居た。 彼女は真剣な表情で何かを読んでいて、周りの事など気に留めている様子は無い。手元にはまだ数冊の分厚い本が積まれている。 あれを今日中に全て読み尽くすつもりなのだろうか。ページを捲る手。ひたすら文字を追う瞳。 強気で口が達者、そして騒がしい普段のイメージは、今はすっかり影をひそめていた。 やがてニナは席を立つと読んでいた本を閉じた。 それを手元にある数冊の本と一緒に抱えて歩き出したその直後、彼女の身体が突然ぐらりと傾いた。本が次々と床に落下していく。 それを見たクライブが素早く動きその身体を支えようとしたが、ニナは咄嗟に机に手をついたので倒れずに済んだ。 床に散らばった本は軍略の入門書だった。そしてそれにまつわる資料の束など。 クライブはそれらを拾い上げながら、目の前で一緒に本を拾っているニナが、 実は軍師付参謀というお堅い役職の人間である事を思い出した。 「そうは言っても私は経験が浅いから、まだ見習いみたいなものよ」 図書館を出た2人は、外を歩きながら話を始めた。城の入り口付近は常に人が集っており、活気に溢れている。 今日は天気が良いので尚更だ。 「シュウに指名されたのか?」 「ううん。私から立候補って言うか、この軍全体の流れが見えるところに配置して下さいって頼んだのよ。 私が何も言わなければ魔法兵団に入る予定になってたみたいだけど」 馬には乗れないから騎馬隊は無理だし、弓兵隊や歩兵隊に入れるほど体力無いしね、と苦笑してニナは更に話を続けた。 「前にグリンヒルがハイランド軍に包囲されてた時、ひとりの男の人が現れたの。 彼は戦う力を持っていなかったグリンヒルに色々な策を与えてくれて、そのおかげで1度はハイランド軍を撤退させる事が出来た。 それでも結局グリンヒルは占領されちゃったんだけど、もしあの人が居なかったら、何の抵抗も出来ないまま終わっていたわ」 グリンヒルは、学園都市のため軍備が満足に整っていない。ニナの話に出てきた男が何者なのかは知らないが、 話を聞く限りかなりの実力者であるというのは確かだ。 「あの人はいつの間にかどこかへ行っちゃったけど……それから私、決めたの。グリンヒルはもう誰の手にも渡さないって。 そのために何か出来る事は無いかって、この軍に入る前からずっと考えていたのよ」 「……それで軍師付に?」 「今の私が得意なのって魔法くらいしかないけど、ここでシュウさん達の元で勉強していれば、 将来はテレーズさんの役に立てるんじゃないかと思うの」 ニナは将来、軍師か指揮官あたりになるつもりだろうか。 確かにその物怖じしない性格と頭の回転の速さは、人の上に立って指揮をする立場には向いていそうだが……。 「あっ、私そろそろ行かなきゃ!シュウさんに怒られちゃう!」 何かを思い出したかのようにニナは顔を上げた。そういえば今朝、シュウが軍師とその周辺を集めて会議をすると言っていた。 ニナは多分それに出席するのだろう。 「それじゃ行ってくるね」 「……ニナ」 「ん?」 「無理はするな」 「うん……ありがと。またね!」 本を抱えて城の中へと走って行く背中を見送りながら、ニナの顔に多少の陰りが見え隠れしていたのを思い出す。 図書館で倒れそうになっていたのも疲労が原因かもしれない。もしくは睡眠不足か。 無理はするなと言ったのはそれを悟ったからだ。 軍師周辺には、クセのある面々が揃っている。そんな中でニナはうまく立ち回れているだろうか。 まあ、何かを言われる度にいちいち落ち込むような細い神経の持ち主ではない事を知っているので、心配をする必要は無いが。 後ろからかすかな笑い声が聞こえてきたので、振り返るとビクトールが居た。 「いや、お前って意外に優しいとこあるんだな。驚いたぜ」 「……何の事だか」 「ニナの事だよ。あいつ最近かなり根詰めてるみたいで、アップルの部屋へ毎晩通って勉強漬けだ」 グリンヒルの女達は皆、それぞれ前線に出て戦っている。いつ命を落としてもおかしくない戦場で。 故郷を踏み荒らされた痛みや屈辱を知っているからこそ、彼女達は強いのだ。 ビクトールの片手がクライブの肩に置かれる。その重みに、ただ事ではない何かを感じた。 「グリンヒルの女を甘く見てると、痛い目に遭うぞ」 まるで警告にも似た言葉を残し、ビクトールは酒場の方角へと歩いて行った。 名前はぼかしていたが、誰の事を指していたかは当然分かる。 自分と深く関わりがあるグリンヒルの女と言えば1人しか居ない。 「言われなくても、分かっているさ」 見上げた先の太陽の光が、クライブを眩しく照らした。思わず目を細める。 自分と同じ色の髪を揺らして走るあの少女を思い出す度に、もう引き返せない予感が胸を支配した。 |