ヒトのかたちをした感情



「ねえねえ、解放軍時代のフリックさんってどんな感じだったか知ってる?」
「知らん」

即答すると、目の前の少女が不愉快そうに眉をひそめた。
ここは兵舎。昼食後に銃の手入れをしているところへ現れたのはニナだった。
どうやら探偵も真っ青な勢いで、フリックのことを色々調べて回っているらしい。
噂通り、鬼も裸足で逃げ出すくらいものすごい執念だ。

「なーんだ、期待して来たのに。ガッカリだわ」

他の場所へ行くと思いきや、ニナはクライブの向かいの席へ腰掛ける。
目が合った直後、「疲れたから休んでるだけよ」という言葉と共に睨まれた。

「そんなこと、ビクトールに訊けばいいだろう」
「フリックさんの前で、フリックさんのことを訊けって言うの? ひとごとだと思って無茶言わないでよね」

無茶はお前だ、という突っ込みはあえてやめておいた。
確かにビクトールがフリックと別行動を取る機会はあまりないため、情報収集のチャンスは少ないだろう。 しかしそれは、クライブには無関係な話だった。例えどうなろうと知ったことではない。 何の理由があって、ニナのストーカー活動に協力しなければならないのか。厄介なことに巻き込まれるのは勘弁だ。
誰でもいいから、このうるさい女を引き取ってほしいと本気で思った。

「こーんなに想ってるのに、どうしてフリックさんには届かないのかしらね」
「お前のやってることはただ、気持ちを押し付けているだけだ」
「ちょっとあんた、私のやり方に文句つける気?」
「俺の意見がほしかったから問いかけてきたんじゃないのか」
「ばかばか、ばっかじゃないの!? あれはただの独り言よ」
「そうか、それは悪かったな」

……疲れる。とてもついていけそうもないテンションだ。
こんな狂った猛獣を野放しにしていて許されるのか。逃げ回るフリックの気持ちが少しだけ分かりかけてきた。 もし毎日のようにつき合う羽目になったら、身も心も使い古しの雑巾のようにぼろぼろにされそうで恐ろしい。
この破壊力があれば王国軍など一撃で粉砕できそうだ。 デスクワーク中心の軍師付参謀よりも、いっそのこと戦場に出して存分に暴れさせたほうがいい。
それにしても、ここまで感情をむき出しにする人間にはなかなかお目にかかれない。 良い言い方をすれば、それだけ自分自身に素直に生きているということになるのだろうが、 ニナの場合は少しばかり度が過ぎている。

まるで感情そのものが、服を着て歩いているかのように。

逆に、淡々としていて何を考えているのか分からないと言われがちな自分は、 別に無理に感情を殺しているわけではなく、元々こういう性格なのだ。
目に見える形を持たない感情は、時には人を傷付ける武器になる。ニナのような熱さでも、クライブのような冷たさでも。
鋭さに変わりはない。ただ、温度が違うだけで。

「もういい、あんたなんかに訊いたのが間違いだったわ」

椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、ニナはこちらに背を向けて兵舎を出て行く。
それを見えなくなるまで眺めているうちに、自ら持つ武器を制御できずに破滅していくニナの姿が浮かんだ。




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