群衆の中の孤独



「おいニナ、どうしたんだその格好」
「えへへー、似合う?」

朝食を求めて来た客がぼちぼちと集まり始めている、早朝のレストラン。
少し驚いた様子のビクトールの前で、ニナは得意気に身を翻して見せた。
ニナが今着ているのはいつもの制服ではなく、レストランでミンミン達が着ている白いチャイナ服だ。

「お店の子が今日、体調崩して来られないみたいなのよ。だから代わりに私が1日だけお手伝いする事になったわけ」

店の女の子の病欠を聞いて、無理矢理自分から立候補したとは言えない。 ウエイトレスの経験は無いが、基本的な事はあらかじめ全て教わっているので後は仕事をこなして慣れていくしかないだろう。

「なるほど、それじゃ早速注文いいか?」
「どうぞ〜」
「グリーンサラダと天丼とチャーハンと照り焼きサンドと杏仁豆腐」
「……ん? 最初からもう一回」
「お前……本当に大丈夫か?」

初めて取った注文からつまづいているニナに、ビクトールは不安の色を隠さず顔に表した。




昼近くに厨房を出たニナを迎えたのは、見慣れた2人の顔だった。

「やっほー、ニナ! 様子見に来ちゃった」
「ウエイトレスさん、調子はどうだ?」

厨房近くのテーブルで、メグとシーナがそれぞれニナに声をかけてきた。

「な、なんで2人とも私がここに居るって知ってるのよ」
「だって噂で聞いたから」
「もう城中に広まってるんじゃねえの?」

店を見回してみると、見物も兼ねて来たらしい宿星仲間の姿がまばらに確認できた。要するに野次馬だ。 そうこうしているうちに、シーナがやたらと熱心にニナの姿を見ているのに気付いた。

「な、何よシーナ」
「なんでこの店の女の子が着ているのはチャイナドレスじゃねえんだ! こう、ここまで切れ込みが入ってるやつ!」

自らの腰の辺りを指し示すシーナの煩悩まみれの頭に、ニナは持っていたトレイの角を強めにねじ込んだ。

「そういう過剰なサービスをお求めのお客様には出て行っていただきます」
「いたたたたっすみませんごめんなさいニナ様!」

椅子から転げ落ちそうになっているシーナがあまりにも滑稽だったので、メグは小さく吹き出してしまった。




「あんた、いつもここでご飯食べてたっけ?」
「僕がどこで何を食べようが、あんたには関係無いよ」

メグとシーナが店を出た後、どうやら見物組の1人であるらしい魔法使いの少年・ルックが現れ、適当な席に着いた。

「それにしても相変わらず寂しい男ねえ、1人で来るなんて」
「いちいちうるさいな、さっさと注文取れば?」
「はいはい、分かったわよお客様」
「それじゃあ……」

ルックの口元が意味深につり上がる。嫌な予感がした。

「群諸国風サラダとトマトスープとまろやかシチューとトムヤンクンと海の女王もりとジンギスカンと カツ醤油づけと通のラーメンとティント風バーグとホットケーキ」
「………」
「どうしたの、早く注文を確認しなよ」

平然とした口調で言うルックを目の前にして、ニナは密かに唇を噛んだ。 少々ルックが早口気味だったせいもあり、取っていたメモは途中で聞き逃してほとんど白紙の状態だ。 どう考えてもルックが1人でこんなに食べきれるわけがなく、明らかに嫌がらせ目的である事をニナは確信した。 普段からルックとの仲は良くなく、顔を合わせる度に言い争いばかりしている。 軍主もそれに気付いているのか、余程の事が無い限りルックとニナを同じパーティーには入れない。
熱くなるのは常にニナのほうだ。今日こそルックの鼻っ柱を折ってやりたいと考え、改めて顔を上げる。

「それではご注文を確認します。群諸国風サラダとトマトスープとまろやかシチューとトムヤンクンと海の女王もりと ジンギスカンとカツ醤油づけと通のラーメンとティント風バーグとホットケーキ、で宜しいですね?」

それを聞いたルックはニナから目を逸らし、小さく舌打ちをした。
ニナは勝利の余韻に浸りながら厨房へ戻った。やがて注文された料理が出来上がったので数人がかりで席まで運んだが、 そこにルックの姿は無かった。ニナを困らせて楽しむという目的が果たされなかったので、 用は全て済んだと言わんばかりに戻ってしまったらしい。
どうするのよこの料理、という店の女の子達のぼやきが聞こえてきた。結局はルックに負けたのだと思うと実に腹立たしかった。
その大量の料理は、午前の訓練を終えてレストランに来た赤騎士団の面々が、事情を聞いて全て買い取ってくれた。 カミューが女性に優しいという噂はどうやら真実だったようだ。




だいぶ慣れてきたこの仕事も、そろそろ終わりに近付いてきた。 夕方になると別の女の子達と入れ替わるので、ニナもお役目御免というわけだ。
この料理をテーブルに運んだら部屋へ帰ろうと思っていた時、厨房の陰からミンミン達が深刻な顔でニナを手招きしていた。

「ニナちゃん、もう上がる時間よね? その前に最後のお仕事を頼んでもいいかしら」
「はい、構いませんよ」
「実はあのお客さんなんだけど」

ミンミンはそう言って、客席のはるか向こうを指差す。その方向を追うと、見覚えのある黒づくめの男が1人で座っていた。 この賑やかなレストランの風景に全く溶け込んでいない、物騒な雰囲気を醸し出しながら。 大勢の客の中、まるで彼だけ孤立しているような感じだった。

「何度も注文聞きに行ってるんだけど、まだ決まってないって言われ続けて、もう30分近く経つの。 早く決めてくれないと困るのよね、周りのお客さんも怖がってるし」

その言葉に他の女の子達も揃って頷く。確かにその男の周りのテーブルだけ不自然に空いていた。 昼過ぎがあまりにも忙しかったため、言われるまでそんな様子には全然気付かなかった。 遠くから見る限り、注文するものを選んでいたり迷っていたりしているようには見えない。 ただ静かにテーブルに片肘をついて目を閉じている。寝ているのか起きているのかすら分からない。
あの男の注文を取りに行く役目が、今度はニナに回ってきたらしい。 両手を握られ「頑張って!」と言われてしまっては負けず嫌いの自分が引き下がれるはずも無く、 結局行く羽目になってしまった。
ただひとつニナにとって運が良かったのは、例の男とは何度も同じパーティーで戦った仲間であるという事だった。




「冷やかしはご遠慮くださいね、お客様?」

トレイ片手に、ニナは男の前に仁王立ちしながらそう言った。 テーブルには彼が日頃愛用している銃が立てかけてある。これも周りの客が怖がる理由のひとつではないだろうか。 その銃には精霊が宿っているという話を、前に誰かから聞いた事があった。ニナは武器マニアではないのであまり興味は無いが。 とにかく彼は表情の変化に乏しいので、何を考えているのかが全く読めない。
男は閉じていた目を開けてニナを直視すると、口を開いた。

「……コーヒー」
「えっ」
「注文を取りに来たんだろう?」
「それはそうだけど、決まってるならさっさと言ってよ。さっきから何度も他の子が聞きに来てたでしょ」
「今決めた。それだけだ」
「あ……そうなの?」

意外にあっさりと注文が取れたので、力が抜けてしまった。
ニナの顔を見て突然コーヒーが飲みたくなったのか。それは何か違うと思う。
大体、普段ならレストランでは食事をしないはずの彼が、何故今日に限ってここに居るのかも激しく疑問だった。
めでたく注文を取れたニナは、厨房の陰から不安げに様子を伺っているミンミン達にピースサインを送ると、再び厨房へと急いだ。




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