プライドが武器



ある日突然、メグが妙な事を訊ねてきた。

「どうしてクライブさんにしないの?」
「私があいつに、何をするって言うの」

質問の意図が分からないのでそう答えると、メグはわざとらしく大きなため息をついて、 持っていた銀のスプーンを皿に投げ入れた。 中に半分くらい残っていたスープが小さな飛沫を上げる。

「ここまで言っても通じないなんて。ニナってバカ?」
「失礼ね、あんたの質問があまりにも遠まわしすぎるのが悪いのよ」

テーブルを挟んだ2人が火花を散らした瞬間、そこは殺伐とした戦場へと変わる。
お互いに一歩も引かない性格のため、意見がぶつかった時は納得行くまでとことん戦う。ちなみに周囲は引き気味だ。

「じゃあ率直に言うわよ。好きになるならフリックさんよりも、クライブさんのほうにすればって事。 彼のためにお菓子まで作るなんて、すでにラブラブだし!」
「あのね、何を勘違いしてるのか知らないけど。フリックさんにあげるためのお菓子を試食してもらってるだけよ」
「試食だけなら、別の人でもいいじゃないの」
「あいつじゃなきゃダメなの! だって私の作ったお菓子を貶したのよ、美味いって言わせるまで粘ってやるんだから」
「”私、クライブさんじゃなきゃダメなの〜”」
「……これで殴られるのと魔法で燃やされるの、あんたはどっちがお好みかしら?」

組んだ両手を頬に当てて甘ったるい口調で揶揄するメグに、 ニナは殺気を振りまきながらブックベルトの両端を鞭のように引っ張る。
さすがと言うべきか、対するメグはニナの脅しにも全く動じすに平然としていた。

「とにかく、私にとって運命の人はフリックさんだけなの!」
「逃げられてばかりのくせに、よく言うわ」
「う、うるさいわね! とにかく他の男なんてお呼びじゃないわ!」
「あー、はいはい」

メグは追加注文でもするのか、テーブルの端にあったメニューを開いて目を通す。
いくら報われない恋をしているとはいえ、その哀れみで他の男をあてがわれるのは御免だ。 そう簡単に乗り換えられるわけがない。
グリンヒルを取り戻すための役に立ちたいと思っていたが、どうすればいいのか分からなかった。 森の小屋に身を隠していたテレーズの代わりに、頼まれた物を街で買ってきたりと身の回りの世話はしていたものの、 グリンヒル奪還については全く先が見えない状況で、途方に暮れていた。 そんな自分をこの軍に導いたのは、少年少女達の引率者としてやって来たフリックの存在だった。
勝手に追いかけてきたとはいえ、もし彼が居なかったら占領されたグリンヒルに残ったまま、 何もできない日々を送っていたかもしれない。 フリックとの出会いがあったからこそ、今の自分がここに居る。そう思っていた。
たとえ永遠に振り向いてくれなくても、彼を恨んだりしない。




「もう、あんたの試食係は終わりね」

ニナがそう言うと、銃の手入れをしていたクライブの手が止まった。
夜の兵舎は、賭場を中心に賑わいを見せている。女子供が気軽に出入りするような場所では無いが、思い切って飛び込んだ。 テーブルの上には解体した銃の部品が並べられている。クライブは椅子に腰掛けているため、そばに立っているニナが相手を 見下ろす形となった。
顔を上げたクライブと目が合う。普段は人を寄せ付けない鋭い雰囲気に満ちた目に、今は何故か陰りを感じた。

「私、肝心な事に気付かなかったわ。フリックさんへの差し入れなんだから、あの人が美味しいって言ってくれれば それでいいのよ。あんたの評価に振り回されなくても」

まずい、と言いながらもニナが持ってきた分は全て食べるのはどうしてなのか。
フリック宛てではない、自分のために作ったものを味見させた時に限っては評価が甘かった のは? 決して褒めるわけではなく『悪くはない』という程度だったが。
そんな疑問を抱く余裕も無く、毎回返ってくる厳しい言葉に腹を立てていた。その繰り返し。一体誰のために作っているのかも 分からなくなりそうで、それが怖い。
そもそも、こんな事をしているからメグに誤解されてしまうのだ。 そのうち他にも、自分とクライブの関係を怪しむ者が出てくるかもしれない。
けじめを付ける必要がある。曖昧になってしまった境界線を引きなおすために。

「逃げるのか」
「は?」
「作った菓子を、俺に美味いと言わせる自信が無くなったんだな」
「何それ、そんなんじゃないわよ! 私はただ……」
「適当な理由を付けて、自分から仕掛けた勝負を捨てて逃げるんだろう?」
「……じっ、冗談じゃないわ! そこまで言うなら覚悟は出来てるんでしょうね!?」

以前に自分がクライブに向けた挑発の言葉を返されて、ニナは平静を失った。
ニナのプライドをわざと逆撫でするように攻めてくる。しかも巧みに。
普段は無口なくせに、こういう時だけ饒舌になるなんて。挑発に乗りやすいニナの性格を見抜いているに違いない。
まずいものを食べ続ける事から解放されるのだから、あっさり承知するかと思っていたのに。 クライブが自分に惚れているとは思えないので (他の男を追い回している女をわざわざ好きになるなんて、どう考えても有り得ないと思う)、 単に暇つぶしの相手を捕まえておきたいだけなのかもしれない。それにしても、こんなうるさい女をそばに置きたがるなんて、 相当な物好きだと思った。
誰かの手の上で踊らされるのは不本意だが、友情でも恋愛でもない奇妙な関係からは当分抜け出せないような気がした。 こうして挑発に乗っている限りは。




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