真夏の革命



暑い暑い暑い、と心の中で何度も繰り返し呟きながらニナは階段を下りていく。
頬に触れた金色の巻き髪を払うと、手首にはめた銀細工のブレスレットが2つ、微かな音を立ててぶつかり合う。
季節はすっかり夏本番で、どこに居ても暑さが襲ってきて不愉快極まりない。
最近はニナも制服の上着を脱ぎ、ニットのベストと半袖のブラウスという季節に合わせた涼しげな格好をしていた。
ボタンを2番目まで開けたブラウスの襟元では、買ったばかりのネックレスが歩みに合わせて揺れている。
階段を下りきったところで顔を上げると、その先ではテンガアールがヒックスの手を引っ張りながら何やら騒いでいた。

「こんなに天気がいいんだから、部屋でじっとしてたらもったいないよ!」
「でも僕、昔から暑いのは苦手だってテンガも知ってるじゃないか。あんまり出たくないよ」
「なーに言ってるの! そんな情けない事ばっか言ってないで、たまには僕に付き合ってよねっ! 今日は海行こ、海!」

テンガアールの勢いに圧されて、ヒックスは城の出入り口へと引きずられていく。
いくらデートとはいえこんな暑い日に外に出るなんて、ご苦労な事だ。
年中暑苦しいバカップルの背中を見送った後、ニナはレストランへ向かった。




レストランは予想以上に大盛況で、自分の席を探して確保するだけでも精一杯だった。 それもそのはず。アダリーが自ら大発明だと豪語する、部屋の中へ常に風を送り込んで涼しくするという機械が取り付けられているため、 快適な空間を求めて押しかけてきた客で溢れかえっているのだ。
しかしここまで人が密集していると、熱気のせいで暑いのか涼しいのか微妙な気分になってくる。
注文を聞きに来たウエイトレスにアイスクリームを頼んだ後、ニナの顔にうんざりした表情が浮かんだ。
夏は厄介だ。冬の寒さなら厚手の上着で乗り切れる。逆に夏の暑さは薄着になったり脱いだりすれば解決するものの、 それらにもやはり限界がある。
隣のテーブルでは訓練帰りと思しき兵士が焼きうどんを食べ始め、機械から生み出される風に乗ってその生暖かい湯気が 流れてきた。兵士はよほど腹が減っているのか、絶え間無くひたすら麺をすする音がニナの神経に障る。
テーブルに顔を伏せ、アイスクリームが来るのをひたすら待つ。混雑具合を考えると、まだまだ時間がかかりそうだ。

「生きているのか死んでいるのか、はっきりしろ」
「……生きてるわよ、バカ」

突然降って来た聞き覚えのある声に、思わず悪態をつきながら顔を上げる。
そこに居たのは、あからさまに季節感無視の格好をした男。

「あんた、いつから居たのよ」
「さあ?」

曖昧な返事をしながら、クライブはニナの向かいの席に腰掛けた。
今まで戦闘に出ていたのか、彼の黒いローブからは硝煙の匂いがする。

「それにしても、こんなに暑い日が続くとそのうち干乾びて死んじゃいそうだわ」
「お前なら、何度殺されても死なないだろう」
「それ、あんたが言うとシャレになんないわよ」

ニナの事を女だとも思っていないような、あっさりとした発言。
クライブの口元が、意地悪そうに歪む。
本気ではなく、それなりの親しさを込めて言っているというのは何となく分かるので、強くは反論しない。
確かに自分は猫可愛がりされたり、守ってやりたいとは思われないタイプだ。自覚はある。
それどころか以前のニナは、フリックの姿を見つけると猪のように突進し、気に入らない男に対しては虎のように牙を剥く、 物騒な獣そのものだとまで言われていた。 自分に関するリッチモンドの調査記録にまで、似たような事が載っていたので絶句してしまった。
目の前に居る無愛想な男は、どうやらそんな物騒な女を少しは気に入ってくれているようだ。
シーナやメグは、余程の用事がある時以外はクライブに近づかない。何を話せばいいのか分からないというのが主な理由らしい。
話しかけても決して気の利いた言葉が返ってくるわけではないが、 ニナと顔を合わせた瞬間あっという間に逃げてしまうフリックとは違う。しかしそれはニナの自業自得だとも言えた。
やがて注文したアイスクリームがテーブルに置かれたので、添えられた小さなスプーンを手に取った。

「退屈じゃないのか?」
「何が」
「俺はお前を喜ばせる言葉を知らん」

そう言われた後、一瞬遅れてニナは小さく吹き出した。
バカね、と言ってクライブの肩を軽く叩く。

「私みたいなお喋りには、あんたみたいな無口な男がちょうど良いのよ」

とろけるような甘い言葉なんていらない。あんたには似合わないから。
ただこうして、私の話を聞いてくれるだけでいいの。
ニナはテーブルの下で足を組むと、向かいに座っている金髪の男を見つめる。
真夏の暑さも周りの喧騒も、この瞬間だけは何も感じなかった。




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