リスクまみれの純情浪漫



それはつい数時間前、クライブが朝食を終えて間もない頃だった。
本拠地内にある紋章師の店を訪れると、そこに居たのはジーンではなく見慣れない少女。 どうやら最近雇われたばかりの新人らしい。
何か戦闘の役に立つ紋章は無いかと思って探していたところ、薦められたのは幸運の紋章だった。 店では売られていない超レア級のそれが、何故ここに。
自分の運の悪さは自覚しているものの、いくら頑張ったところで改善できるものではない。 戦闘に出れば真っ先に敵に狙われ(後衛なのにも関わらず)、 めったに行かないレストランでは注文した料理をウエイトレスに忘れられて、何時間も無駄に待たされる始末だ。
自分の身を護る上でもこの紋章は有効なのではと考えたクライブは、思い切ってそれを購入する事にした。
ところが宿した直後に少女は慌て出し、宿す紋章を間違えてしまったと告げられた。 それなら代わりに何を宿したのかと訊ねると、返ってきた答えは『女難の紋章』。
その名の通り、これを宿した男は女絡みで散々な目に遭うという。 ちなみに女が宿しても効果は無いらしい。一体何のメリットがあるのか分からない紋章だ。
元から運が悪いのに、不運を更に上乗せされてしまってはたまらない。
すぐ外すように頼んだが、この紋章はジーンが独自の研究を重ねて作ったものなので、 その本人にしか外せないらしい。宿すだけなら人を選ばないくせに、とんでもなく馬鹿げた話だ。
確実に外すためには、ジーンの帰りを夕方まで待たねばならない。
店に居た時点で紋章の威力を身を持って感じた後、どこか疲れきった様子で城内へ足を踏み入れた。
そんなクライブを待っていたのは、突然押し寄せてきた少女達だった。 しかも普段はまともに会話すら交わさないような、希薄な関係の。
どこかの青雷じゃあるまいし、追われる事には慣れていない。
少女達が醸し出す得体の知れない迫力に圧倒されながら、クライブは自分の部屋へ向かって全力で走った。



「ねえねえ、その銃ちょっと解体させて! からくりの研究に生かしたいの!」
「断る!」
「お願い、ヒックスを一人前の男にしてやって!」
「何で俺が!」
「あのねーーータロウがねーーークライブさんの事大好きだって!」
「部屋に羊を連れてくるな!」

部屋に押しかけてきた少女達を強引に外へ閉め出すと、クライブはドアにもたれて深く息をついた。
何者かがドアに体当たりしているのか、その衝撃が背に伝わってきて寒気が走る。
たった1人の相手から逃げ回っているフリックはまだ平和だと思う。 こちらの相手は複数、しかもその行動力は半端じゃない。
全てはこの胡散臭い紋章から始まった。 何かの花のような形の紋章が、右手で桃色に輝いている。その存在を主張するかのように。
部屋のドアがいよいよ危なくなってきたので、めったに触らない窓を開けると近くの大木へ飛び移って脱出した。



「聞いたぜクライブさん、女の子達にいきなりモテモテらしいじゃん」
「たくさんの女性に愛されるのは、この上無く幸せな事ですよ」

身を隠すため、少女達は足を踏み入れないであろう酒場へ行くと、シーナとカミューに絡まれた。 カウンター席で、それぞれ両端を占拠される。 正直関わりたくないメンツだったが、少女達に追い回されるよりはマシだと考えて耐える事にした。
わけの分からない紋章の力とはいえ、何の興味も持てない対象に追われても嬉しいとは思わない。

「ところでさ、クライブさんの本命って誰なんだ?」

何気ないシーナの言葉。
レオナから受け取ったグラスを持つ手が、一瞬だけ止まった。
カミューも興味を持ったのか、こちらへ少しだけ身を乗り出してくる。

「別にどうでもいいだろう、何故聞きたがる」
「全く予想が付かないからですよ。貴方が分かりやすい方なら、わざわざ知ろうとは思いません」
「よーし、俺が当ててやるよ。オウランさん、テレーズさん、エミリアさん……あと、ヒルダさんとか?」

女達の名前を次々に挙げていくシーナに、『それはあんたの趣味だろ?』とレオナがカウンター越しに突っ込む。 好みのタイプが人妻でも何でも気にしないシーナの節操の無さは、この軍でも有名らしい。
他にも数人の名が挙がったが、クライブの心に引っかかっている人物はそれらのどれでもなかった。 きっと誰もが予想すらしない。賭けてもいい。
そうしているうちに夕方になった。 いくら名前を挙げても成果が出ずに不満を募らせるシーナを残して、クライブは酒場を出た。



再び紋章師の店へ行くと、今度はジーンが居た。
事情を聞いたジーンから、今日の詫びに幸運の紋章を無料で宿すという提案が出たものの、結局やめておいた。 今はとても、何かの紋章を宿す気分では無かったのだ。
女難の紋章を外した後、クライブの周囲は普段通り静かになった。これでまた落ち着いて過ごせそうだ。

「やっと見つけたわ、散々探したのよ!」

図書館の裏へ向かう途中、1人の少女に行く手を遮られた。
クライブは無言で、右手を見る。例の紋章はすでに外した後で、当然その効果は消えているはずだ。
この少女が自分の前に現れたのは、紋章の力とは無関係という事になる。

「自分の手なんか眺めて、何か素敵なものでも見えるのかしら?」

薄緑色の勝気そうな瞳が、顔を覗き込んできた。相変わらずの減らず口、生意気な態度。 それらを許せるくらいの余裕はとっくに出来ている。この少女限定で。

「そうそう、フリックさんに作ったお菓子なんだけど、あんたに試食してもらおうかと思って。 今日のは自信作よ! もうまずいなんて言わせないんだからねっ」

ここで菓子の味を褒めれば、少女はもう近づいてこない気がする。基本的に負けず嫌いで、 状況が不利であればあるほど燃えるらしい。 味覚が人一倍シビアなクライブに、手作りの菓子を『美味い』と言わせるのが目的なのだ。
出された菓子がどんなに良い出来でも、クライブは絶対に褒めない。繋がりを自ら断ち切るような、愚かな真似はしない。 例えそれが、甘さとは程遠い絆でも。

やはり自分は、追われるより追うほうが性に合っているようだ。




back