たくらみ笑顔



「……何だその格好は」

図書館の裏に現れたニナの姿を見て、クライブは珍しいものを見たような表情を浮かべる。
目の前に立ってこちらを見下ろしている少女の制服にはところどころ焦げたような跡や土埃にまみれ、 手や足には生々しい擦り傷があった。

「何だ、って。遠征帰りに決まってるじゃない」

腰に両手を当てて、ニナは誇らしげにそう言い放つ。 決して小奇麗とは言えない格好でも、自信に溢れた態度を崩さない。
いつも魔法メインで戦っているので忘れがちだが、直接攻撃をする時のニナは後列に配置されていながらも、 ブックベルトを振り回しながら敵の懐に突っ込んで行くのだ。
そのため頻繁に傷を負い、服を汚す。
年頃の少女らしく身なりには人一倍気を遣うため、遠征帰りには何より先に風呂場へ向かうはずのニナが、 何故かそれをせずにここに居る。
ニナをよく見ると、何かを話したくて話したくてたまらないという表情をしている。
嫌な予感を覚えたが、だからと言ってこの場を立ち去る気にもなれなかった。 元々ここは、かなり前からクライブが個人的に気に入っている場所だ。 大勢の者が出入りしている本拠地の中でも、人通りが少なく静かなので暇さえあれば通い詰め、 壁にもたれて昼寝をしたり考え事をしたりしている。今更他の誰かに明け渡すつもりはない。

「あのねクライブ、ちょっと聞いてよ! 今日の遠征で、またあのラブラブな協力攻撃しちゃったの!  フリックさんてば、なんだかんだ言って私の事を……」

恥じらうかのような嬌声を上げながら、ニナは顔を両手で包み込んだ。
指の間から見えるその頬は、かすかな朱色に染まっている。
またフリックの話か、とクライブは密かに舌打ちしかけた。
いつ見ても全く相手にされていない様子なのに、どうしてここまで諦めが悪いのか。 明らかに見込みが無い事を、誰かはっきり言ってやる者は居ないのだろうか。
それどころか周囲はニナの暴走とフリックの困惑加減を面白がっている様子なので、あてにならない。
ここでクライブが水を注せば、ニナの機嫌を損ねるのは目に見えているのであえて何を言わず、嵐が通り過ぎていくのを待つ。
ニナが熱っぽく語るフリックの話ほど不愉快なものは無い。
たまに持ってくる、胸焼けするほど甘い手作り菓子のほうがまだ耐えられる。 しかもそれらは全てフリックへの差し入れの試作品だ。その甘さときたら、砂糖の分量を間違っているとしか思えず、 度が過ぎた甘党の心理は永遠に理解できない。
それにしてもニナは、あんな優柔不断な男のどこがそんなに……。

「ねえっ、私の話聞いてる!?」
「ああ、聞いている」

かろうじて、最初のほうだけは。

「うん、それじゃあそろそろお風呂行ってくるね!」

一方的に吐き出してスッキリしたのか、ニナは清々しい顔でそう言うとこちらに背を向けた。 金色の巻き髪が、そのリズムに合わせて柔らかく揺れる。
なんて自分勝手な女だ。こちらの気持ちなど考えもしない。
ますますフリックへの敵対心が募ってきた頃、ニナが立ち止まったままそこを動かない事に気付いた。
どうした、と訊ねてみると小さなため息が聞こえてきた。

「どうしていつも、見失っちゃうんだろ。どんなにあの人の背中を追いかけても、結局逃げられてばかり。 私がもっと早く走れたら、もっと早く生まれてたら……そんな無茶な事ばっかり考えてるの、ずっと」

ニナは自分勝手な上に、どこか卑怯だと思う。
相手の都合などお構い無しで押しまくる性格のくせに、たまにこんな弱気な面も見せたりする。震える肩を抱いてやりたかったが、 きっとニナ自身はそれを望んでいない。その心は常に、別のところへ向いているのだから。

「俺に考えがある」

クライブがそう言うと、この場を去ろうとしたニナの足が止まった。

「お前にとって、悪くは無い話だ」




翌朝、いつものように図書館の裏でくつろいでいた時に、それは起こった。

「悪い、ちょっと隠れさせてくれ!」

必死さが窺える声と共に姿を現したのはフリックだった。 よほど全力で走ってきたらしく、両肩を大きく上下させながらクライブの隣に腰を下ろす。

「参ったよ、朝っぱらからまたニナが追いかけてきて、朝飯も食べ損ねたままだ」
「あいつも随分、嫌われたものだな」
「別に嫌いなわけじゃない。俺の気持ちも考えないで、色々と押し付けてくる強引さが苦手なだけだ」

……はっきり断らずに、逃げてばかりのお前が悪い。
そう言いたいのを堪えながら、クライブはシュトルムを取り出して澄んだ青空に向かって構えた。 戦場でもないのに武器を手にしたクライブを見て、目の前のフリックが怪訝そうな目線を向けてくる。 引き金を絞ると乾いた破裂音が辺りに響き渡り、木に止まっていた数羽の鳥が逃げていった。

「おいクライブ、いきなり何やって……」
「狩りの合図だ」

硝煙の匂いが漂う中、クライブは正面からフリックを見据えてそう言った。

「せいぜい、地の果てまで逃げ回るといい」

この男は知らないだろう。いつも追いかけてくる少女が、見えないところで悩んだり泣きそうになったりしているのを。 何だかんだと理由を付けてはろくに向き合おうともせずに、勝手な事ばかり言うのが非常に気に入らない。
そして数分もしないうちに、軽快な足音が近づいてくる。
手作りの菓子が入っていると思しき紙袋を抱えたニナが、2人の前に走ってきた。

「ねえねえ、今の音ってもしかして……ああっ、やっぱり!」
「ど……どうしてここが分かった!?」
「はいっ! あの銃声はクライブがフリックさんを見つけてくれた時の合図でーす!」
「お前ら、まさか手を組んで俺を……」

ニナとクライブはまるで申し合わせたかのように、にやりと笑った。それらを向けられたフリックの顔が、恐怖か何かで引きつる。

「くそっ、冗談じゃない!」
「あーっ、待ってくださいフリックさーんっ!!」

身を翻して逃げるフリックを、すかさずニナが追う。

「まさか本当にやってくれるなんて! クライブ感謝!」
「いいから早く追え」

振り向きざまに見せたニナの笑顔を受け止めながら、無愛想な口調で送り出した。
この銃が、殺し以外の役に立ったのは今日が初めてだ。
命あるものの生を断ち切る手を持つ自分が、誰かを愛しく思うなど似合わない。
なのに、こんなにも、どうしようもない気持ちは。
わがままで、気が強くて、自分勝手で、そして肝心な事には鈍い少女。もう忘れられそうにも無かった。 どんなに振り回されても、あの笑顔で全て帳消しになる。
クライブはもう1度、どこまでも続く青空を見上げた。
こんなバカげた事、ニナ以外の者に協力するのは御免だと思いながら。




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