甘いものには目がないの 「一生懸命作ったんですぅ」 フリックさんのた・め・に! と1オクターブ高い声色で念を押しつつ、とどめにウインクひとつ。 目の前に居る男の顔が、そのマントに負けないくらい青ざめるのにも構わずに。 道場の入口付近に生えている木の幹にフリックを追い詰めたニナは、手に持っていた包みを開いて見せた。 中にはクッキーが数枚。かすかな甘い香りといい凝ったハートの形といい、かなりの自信作だ。 毎度おなじみの光景に、周囲の者達はフリックを冷やかしながら呑気に見物している。 そんな冷やかしの声すら、ニナにとっては祝福の声に聞こえてきてますますテンションが上がっていく。 「とりあえず1枚だけでもいいですからぁ、ねっ?」 とうとう観念したのか、フリックはため息をつきながら差し出されたクッキーに手を伸ばした。 しかしその直後、フリックのものではない別の手がクッキーを1枚つまみ上げ、口へと運ぶ。 名前くらいは知っている、という程度の男だった。あまり拝みたくない仏頂面、爽やかさや季節感に欠ける黒いローブ。 よく分からない細い筒状の武器。 数秒の沈黙の後、その唇が開いた。 「まずい」 ニナの中で何かが切れる音がした。 「ち、ちょっと何なのよあんたは! 呼んでないわよ!」 「自分の好みしか考えていない身勝手さが分かる味だな」 「なっ……!?」 容赦無く切り捨てるかのような、辛辣な意見。ニナが呆然としていると、男はフリックのほうへ向き直った。 「お前も、食う気が無いならさっさと断れ。見ているだけで苛々する」 フリックは言葉に詰まったのか、反論出来ずにいる。 自分の言いたい事を全て吐き出したらしい男は、ニナとフリックに背を向けて立ち去って行った。 「何だったんだ、今のは」 「さあ……?」 2人は遠ざかっていく男の後ろ姿を眺めながら、首を傾げた。 「そんなことないよ、すごーく甘くて美味しいよ?」 「そ、そうよね……?」 甘党仲間のミリーの言葉に、ニナは納得したように頷いた。 通りすがりのゲオルグにも試食してもらったところ、やはり絶賛された。(ちなみに彼も甘党仲間だ) 菓子は甘くなければ菓子じゃない、と常に豪語しているニナが作る手作りの菓子は、全て砂糖を多めに入れている。 甘いものが得意ではないメグは、それを見て露骨に眉をひそめていたが。 人によって好みがあるとはいえ、自作の菓子をまずいと言われたのは初めてで、ニナにとってはこれ以上無い屈辱だった。 「あの男、今に見てなさい! ぜーったい、このままじゃ済まさないんだから!」 レストランの閉店後、キッチンを占領したニナはそう宣言して片腕を突き上げた。 「クライブさんの好きな食べ物?」 翌朝、部屋を出て早速顔を合わせたメグが怪訝そうに聞き返してくる。 夜遅くまで色々粘ってみたが、結局いつも通りの菓子しか作れなかったニナは軽いスランプに陥っていた。 これでは何度作っても、憎たらしいあの男の意見を覆す事は出来ない。 とにかく今、必要なのは出来る限りの情報収集だ。 「そうよ、あんた何か知らない?」 「あのねー、いくら前にも同じ軍で戦ってたからって、何でもかんでも知ってるわけじゃないわよ。仲良かったわけでもないし」 そう言ってメグは明らかにうんざりした表情を浮かべる。 「要するに、あいつには全く興味無いって事?」 「全く、っていうか。あの不思議な武器の仕組みには惹かれるわねー、からくり師見習いとしては。 でもその持ち主のほうには関心持てないのよね。今はからくりの事で頭がいっぱいだし」 「あ、そう……」 「ところでニナは、何でそんな事知りたいの?」 「べ、別に深い意味なんて無いわよ」 話すと色々と厄介な事態になりそうなので、今は黙っておく。 「渡す相手を間違ってないか」 「間違ってないわよ。これは、あんたへの挑戦だもの」 数日後、ニナは散々探し回った挙句に図書館の裏でクライブを発見した。 こんな日陰で1人で座っていて、何が面白いのか。 広げて見せた包みの中には、甘さ控えめのクッキー。物足りない感じはしたが、これなら甘いものが苦手な者でも大丈夫だろう。 もう文句は言わせない。 自分の好みしか考えていない、というあのコメントにニナは衝撃を受けた。 確かにフリックは甘いものが好きだというわけでもなさそうで、今までは個人的な趣味に走りすぎていたかもしれない。 「とにかく、あんたには実験台になってもらうわ」 「実験台?」 「フリックさんに渡す予定のお菓子を試食してもらうの。失敗作は渡せないし」 無謀な事を自信満々に言うと、ニナはクッキーを勧める。クライブはその中のひとつを手に取ると、口に入れた。 「……どう?」 「まずい」 その一言に、重い沈黙が落ちてきた。 「あんたは毎日、何を食べて生きてるわけ?」 「味はどうでもいい、腹が満たされればそれで充分だ」 「それって、すごく変よ」 「そうだな」 クライブはニナの言葉を否定せず、あっさりと認めた。 ニナは改めてクッキーを食べてみる。自分の好みに反したそれは、やはり美味しくなかった。 「俺の味覚は当てにならん。実験台なら他をあたれ」 立ち上がった気配を察して、ニナは思わず黒いローブの端を掴んだ。まるで引き止めるかのように。 「待ちなさいよ」 「まだ何かあるのか」 「逃げる気?」 「……何だと」 「こうなったら、あんたに美味いって言わせるまで粘ってやるわ」 「無駄だ」 「そんなの、やってみないと分からないじゃない」 2人の間に、見えない火花が散った。 ニナの負けず嫌いの血は、当初の目的を忘れさせるほど燃えていた。 |