Telepathy



「どこに飛ぶの?」
「フリックさんのところ! 今はバナーの村に居るはずよ!」

瞬きの手鏡と繋がっている大鏡の前で、ニナはそう言って目を輝かせる。
その手には、きれいにラッピングされた紙袋が抱えられていた。
ニナの目的は誰が見ても明らかなので、わざわざそれを訊ねる者は存在しない。
ツバサ軍のテレポート担当であるビッキーは頷くと、

「うん、わかった! でもね、その前にニナちゃんにお願いがあるの」
「お願い?」
「行きたいところ、会いたい人を強く思い浮かべてね。でないと今の私、変なところに飛ばしちゃうかも」
「何で? 今まではそんな事しなくても」

首を傾げてニナが問うと、何故かビッキーの隣に立っていたルックが眉をひそめる。

「余計な詮索してないで、言うとおりにすれば?」
「ちょっとルック、どうしてここに居るのよ」
「あんたには関係ないだろ」

ルックの生意気な物言いに腹を立てながらも、フリックの事を思い出したニナは慌ててビッキーのほうへ向き直った。

「分かったわ、言うとおりにするから。お願い」
「それじゃあ……」

ビッキーが杖を振り上げるのを目で追いながら、フリックの姿を思い浮かべる。
フリックに関する妄想なら得意だ。いつも通りにしていれば問題ない。
袋の中には手作りのクッキーが入っている。今日のは甘さ控えめの大人の味だ。きっと喜んでくれるだろう。
……クライブには散々ケチをつけられたが、気にせず渡す事にした。

「あっ!」
「え?」

急に慌てた様子のビッキーを見て我に返ったが、それと同時にニナの身体がその場から消えた。 そしてルックは呆れたような顔をしていた……気がする。


***


目の前には、青空がどこまでも広がっていた。
天気は文句なしの快晴。こんな日に外でのんびりと過ごしたい。そばに好きな人が居れば、尚更幸せな気分になれるはずだ。

「……おい」

遠くからは、子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。
新鮮な緑の匂いに包まれながら、自分にもあんな子供時代があった事を思い出す。もう十年ほど昔の懐かしい記憶だ。 あの頃の仲間は、今頃どうしているのか。

「ニナ」

頭の後ろに、固い感触があった。ただ固いだけではなく、かすかに温度を感じる。
そう、まるで人肌に近いような温もりを。
自分の名を呼んだのは、今となってはすっかり聞き慣れてしまった声だった。
いつでも抑揚の感じられない、無愛想な低い声だ。
決して不愉快ではない。それどころか、すっかり日常の中へ溶け込んで……。
そこまで考えて、ここはバナーの村ではなく図書館の裏である事に気付いた。
それなら、さっきから気になる頭の後ろの感触は?
いい加減に気付け、という声に反応して少し視線をずらすと、 そこにはこちらを見下ろしているクライブの顔があった。

「ちょっ……何で!?」

図書館裏の壁に背を預け、片足を伸ばしたクライブの太腿を枕にした状態で横たわっていたのだ。 どうして自分はここで、こんな体勢になっているのか分からない。
勢い良く起き上がると、ニナは正座して目の前の男に向き直る。

「私、ビッキーに頼んでフリックさんのところへ送ってもらったはずなのに!」
「なら、どうしてここに居る?」
「知らないわよ!」

混乱した頭で、テレポート直前までの事を思い返してみる。
行きたいところや会いたい人を思い浮かべろと言われて、間違いなくフリックを想像したはずだ。 なのにその結果辿り着いたのが、いつもニナの手作り菓子にケチをつける男、クライブの膝枕だ。はっきり言って笑えない。
大事に抱えていたはずの紙袋はいつの間にか身体の下敷きになっていて、中のクッキーは無残にも粉々に砕けていた。

「俺がここで考え事をしていたら、突然お前が現れたんだ」
「そんな馬鹿げた話、有り得ないでしょ!」
「有り得ないも何も、現実を見ろ」
「……うっ」


***


大鏡の前へ戻ると、ニナはビッキーに事情を話した。
希望とは全く違う場所へ飛んでしまったのだ。何としても原因を突き止めたい。

「ニナちゃん、バナーの村やフリックさん以外の事考えてなかった?」
「そ、そんなわけないじゃない。他の男の事なんか考えてないわよ!」

そこまで言ってニナは、テレポートの直前にクライブの事を考えてしまったのを思い出した。 それでもほんの一瞬だった。どちらかと言えばフリックの事の方が、考えている時間は多かったはずだ。なのに何故。

「……ふーん、やっぱり男か」

口を挟んできたのはルックだった。石版の前に居る時と変わらず尊大な態度で、腕組みをしながらこちらを見ている。

「あんたまだ居たの!? いちいち口の減らない奴ね!」
「それはどうも」
「そういえばビッキー、なんでこんな面倒な事しないといけなくなったの?」
「最近ちょっと、テレポートの調子が悪いんだ。それでルックさんに相談したら、 とりあえず今は、場所を飛ぶ人の力も借りるしかないって」
「つまりビッキーと、飛ぶ人間の考えが一致してないとダメってわけ。頭の悪いあんたにも、これで分かっただろ?」
「何よ、失礼ね!」

事情は分かった。しかし別にそばに居なくてもいいはずのルックが、ビッキーにシールのように張り付いているのは納得できない。 保護者代わりという事か。

「じゃあ、もう一回やってみる?」

ビッキーの提案に、ニナは力強く頷いてみせる。差し入れのクッキーは渡せなくなったが、こうなったら意地でもフリックの元へ 行ってやろうと思った。
今度こそ失敗しない。精神を集中させて、フリックの事を考える。あの剣さばき、あの素敵な勇姿、どれを取っても あの人を超える男なんて……。
そんな時、向こうからシュウとアップルが歩いてくるのが見えた。紙の束を見ながら話をしている様子だったが、 その存在は集中の妨げにはならなかった。
しかしニナの背後をふたりが通過していく直前、

「それでは次の戦いで、この弓兵隊をクライブさんにお任せします」

シュウに向けられたアップルの一言で、ニナの意識が乱れる。先程の膝枕事件を思い出してしまった。

「あっ!」

ビッキーの叫びと共に、ルックが深いため息をついた。
しまった、と思ってもすでに遅い。ニナは一瞬にして再びどこかへ飛ばされた。


***


「懲りない女だな」
「言っとくけど、これは事故だから」

現れたのがクライブの真上だったため、そのまま落下したニナは不本意ながらも彼を押し倒したような格好になった。
人通りの少ない図書館の裏で良かった。誰かにこんなところを見られたら、変な誤解されても言い訳のしようがない。 しかもここにテレポートしてしまったのは今日で2度目だ。そろそろクライブも不審に思うのではないか。
ニナの身体の下から、まっすぐにこちらを射抜く視線。怯んでしまいそうになる。

「早くどけろ」

やけに冷静な調子で言われて、ニナは身体を起こすとクライブから離れた。
今日は何故か運が悪い。なかなかフリックの元へ辿り着けないのは、無謀な恋は終わりにしろという事だろうか。 果たして恋と呼べるかどうかも微妙な、憧れだけが先走ったこの感情を。
それでも簡単に捨てられるわけがない。フリックに出会えたのは運命なのだから。
間違いなく運命の人だと、初めて対面したグリンヒルで直感したのだ。この人は、自分の人生を変えるほど特別な存在だと。


***


レストランの向かいの席で、メグが遠慮なく大爆笑している。
今日の出来事を聞かせた途端、返ってきたのはこの反応。所詮は他人事だと思っているに違いない。

「実はフリックさんよりも、クライブさんに会いたかったとか?」
「は?」
「だってニナは、長い時間考えてたフリックさんのところじゃなくて、ちらっと頭を横切っただけのクライブさんのところに 飛んじゃったんでしょ? それって明らかに、思いの強さの違いじゃない。しかも2回も!!」
「何でそうなるのよ。私が誰の事を追いかけてるか、あんたは知ってるはずよ」
「それは知ってるけどさあ……」

メグは持っていたスプーンを皿へ置くと、急に真顔になった。

「ねえ、あんたは気付いてないかもしれないけど。 フリックさんと話してる時のニナって、自分を可愛く見せようとして猫被ってるよね。 でもクライブさんと居る時は、素に近いっていうかすごく生き生きしてるように見えるよ」
「……メグ、何が言いたいの?」
「ニナはフリックさんの事が好きで追いかけてるんだよね。 それはいいとして、結局あんたはあの人と、どういうふうになりたいの?」
「どういう、って……」
「男と女として、ちゃんとお付き合いしたいの? それとも、片想いのままで騒いで追いかけてれば満足なの?」

言葉のひとつひとつが、重かった。
ただフリックに熱を上げて追いかけてばかりで、その先の事なんて何も考えていなかった。運命の人だと言いながらも、 そうやって焦がれて騒げるきっかけが欲しかっただけなのだろうか。
ニナから目を逸らして逃げてしまうフリックと、憎まれ口を叩きながらも1歩も引かずに向き合ってくるクライブ。 何かを比べようとしたが、急に怖くなってきたのでやめた。
会計を済ませてレストランを出た直後、ニナの目の前に突然クライブが現れた。そこには何もなかったはずの空間から。
通りすがりの同盟軍の兵士が、驚いて振り返る。

「あっ、あんたどこから出てきたのよ!?」
「ラダトへテレポートを頼んだら、ここに飛ばされた」
「ここはラダトじゃないわよ」
「分かっている。邪魔したな」

クライブはそう言うと、何事もなかったように踵を返して去っていく。
後から出てきたメグはその姿が遠ざかるのを見送りながら、

「ラダトへ行こうとしたのに、何でニナのところに来ちゃったのかしらね」

メグの口元には笑いが浮かんでいた。まさしく面白がっていると分かるような。

「そんなの、ただの偶然よ!」

頭に浮かんだひとつの考えに対して、そんなわけがない、あるはずがないと必死で否定し続ける。
これ以上、心を乱されたくなかった。




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