行き詰まりの嘘



時は真夜中、所はナナミの部屋。
この軍に所属する年頃の少女達が集まれば、話題のネタは尽きることはない。
それは主に甘い食べ物の新作や上層部への愚痴。(これは毎回えげつない)
そして男、つまり恋の話だ。
『あんたは彼のどこが好きなの?』、『それはね……』と、人それぞれ様々な感情を含んで進む恋愛談義。 もはやお約束だが、何よりも盛り上がる格好のネタとして重宝されていた。
ナナミは幼馴染である軍主をやたらと気にかけているようだし、(それは恋じゃないかと指摘されても動揺丸出しで否定する) テンガアールは言わずと知れた婚約者・ヒックスについての、惚気なんだか愚痴なんだか分からない語りを始める。
そんな中でメグは「今はからくりが恋人」などと、平然と胡散臭い発言をした。 確かに彼女に関する浮いた噂は聞いた事が無い。しかし本当にそう思っているのだろうか。
こういう状況になると1番テンションが高くなるのがニナで、 フリックの素敵な笑顔がどうだの、戦闘での素晴らしい剣さばきがどうだの、果てはあの人の全てが最高だのと、 誰にも聞かれていない事まで鼻息荒く延々と語りだすのだ。皆が微妙に引いているのも知らずに。
そう、以前ならば。
輪の中心に置いてある菓子を次々に口へ運び続けるナナミの様子を眺めながら、 ニナは黙って皆の話を聞いていた。
……もしこの場で、あの黒づくめの男の名前を出したら。ここに居る皆はどういう反応をするだろうか。
ニナの口からフリック以外の男の名前が出る事すら稀だと思われているのに。
突き刺さる好奇や驚きの視線。後の容赦無い質問攻め。想像しただけで恐ろしい。
絶対に言えない、死んでも言えない。勘弁してください。

「ところで……ニナはやっぱり、フリックさんしか見えてないんだよね?」

熱いヒックス語りが一段落したテンガアールが何の含みも無い笑顔で問いかけてきて、ニナは言葉に詰まる。

「でもニナちゃんってこの頃、フリックさんの話しなくなったよね。何かあったの?」
「さ、最近フリックさん忙しいみたいで……うん、だからネタが無いのよ」

無邪気なナナミにまで痛いところを突かれたので、思いつきの苦しい言い訳をしてその場を乗り切った。
とりあえずテンガアールとナナミは素直に納得してくれたようだが、残った1人だけはどうしても騙せずにいた。




「あんた、もうフリックさんの事は好きじゃないんでしょ」

ナナミの部屋を出てテンガアールと別れた後、メグが冷静な口調でニナに言った。

「な……何言ってんのよ。別にそういうわけじゃ」
「だったらフリックさんの話題になった時の、気まずそうな顔は何だったのよ」

隣を歩くメグの顔を、まともに見られない。 彼女はちゃんと分かっているのだ。何だかんだ言って、ニナの事をしっかり見ている。

「あれはただ、フリックさんとは最近会えないから」
「うそ。前ならあの人がどんなに忙しくても、城中駆け回って探してたじゃない。もう遠征から帰ってきてるの、 知らないとは言わせないんだから」
「それは……」

ピリピリした空気が、ニナとメグの間で生まれて大きくなる。
これまでの経験から考えると、本気になったメグの追求から逃れるのは難しい。
大人顔負けの広い視野と賢い頭を持つ彼女を、これ以上欺き続けられる自信は無かった。

「もしかしてフリックさん以外の好きな人、もう居るんじゃない?」
「そんなの居ないわよ!」

真夜中なのにも関わらず大声で叫んでしまい、近くに立っていた見張りの兵士がニナのほうを振り返った。
唇を微かに開いたまま、メグが無言でこちらを見ている。
しまった、と思いながら口を押さえたが、もう手遅れだった。

「私にだけは話してくれるって信じてたのに、もういいわ」

そう言うとメグはニナを置いて、早足で先に行ってしまった。

「メグ!」

焦って名前を呼んでも、その背中は遠ざかるばかりで立ち止まる事は無かった。




「うわっ、どうしたんだよその顔」

翌朝、部屋を出てレストランへ向かう途中で会ったシーナが、ニナを見て心底驚いたという表情を見せた。
メグと気まずい別れ方をしたニナは結局十分な睡眠を取れず、その証として青白いクマが目の下を染めている。 クマを隠すメイク道具なら常に欠かさない。しかしそんなものを使うような心の余裕は無かった。
年頃の少女らしく身だしなみにはかなり気を使っている自分だったが、今日に限ってはそこまで気がまわらない。

「……大丈夫か?」

シーナの気遣いにも、ニナは力無く頷くばかりだ。
こんなのはいつもの自分じゃない。
フリックを追い回していた頃は毎日なりふり構わずはしゃいで、相手にされなくて落ち込んだ時もあったが、すぐに立ち直れた。
若くて痛くて騒がしかった、あの頃の自分。それでもそれなりに幸せだったのに。
選択を間違えた、とは思いたくなかった。
フリックを好きだったのは本当で。それ故、オデッサへの真剣な気持ちを聞いた後に胸が痛くなったのも本当で。
しかし今は恋の痛手よりも、親友と気まずくなった事があまりにもショックだった。
やはりメグだけには話しておくべきだったのかもしれない。 最初は驚かれるかもしれないが、きっと心強い味方になってくれるはずだ。
そんな事を考えながら歩いていたニナだったが、廊下の角を曲がった直後に足を止めた。 そこに居たのは2人。両者とも見知った顔。
メグとクライブだった。
全く想像すらできなかった組み合わせに動揺しながら、かすかに聞こえてくる会話に耳を澄ませる。

「それじゃ今日のお昼! ぜーったい空けておいてよ!」

メグが強い口調でそう宣言すると、彼女の前に立っているクライブがその勢いに圧されるかのように頷いた。
ニナは頭の中が真っ白になるのを感じた。 今日の昼と言えば、メグとサウスウィンドゥまで買い物に行く約束をしていた日時だ。
まさかそれをキャンセルするつもりで、新しい約束を取り付けたというのか。
他の人間ならまだしも、よりにもよって約束の相手がクライブだなんて。
メグは昨日の件で、ニナに対して完全に見切りを付けたのかもしれない。

「おいニナ、どこ行くんだよ!」

そばに居たシーナの声を背に、ニナは夢中で走ってその場を離れた。




図書館の裏手は、相変わらず人の通りが少ない。あえて言うなら、遥か向こうで池を眺めている2人の少年達が居るだけだ。
ニナは壁に背を預けて、両膝を抱えた。頭が混乱していて何も考えられない。
メグとクライブは、もしかすると前からそういう仲だったのかもしれない。ニナが知らなかっただけで。
解放戦争の頃からの仲間らしいので、可能性は充分に有り得る。
どうして教えてくれなかったのだろう、と思いかけたがそれはすぐに打ち消した。
ニナも、フリックへの想いを断ち切ってから他に好きな人ができた件をメグに話さなかった。
このままメグと離れてしまうのは嫌だ。しかし今更どうする事も……。
そんな時、足元へ自分以外の影が差した。何も考えずに上げてみたニナの顔が一瞬にして固まってしまう。

「ちょっと何、そのブッサイクな顔は。いつものニナらしくないわよ」

目線の先に居るメグがこちらを見て、何の遠慮も無しにそう言った。いつもの調子で。 地面に座っているニナを、腰に両手を当てたポーズで見下ろしている。
寝不足のひどい有様をこれ以上見られたくなくて、ニナはメグから顔を逸らした。
メグのほうは普段と変わらず生き生きしているのが何だか憎らしくなって、思ってもいない事が口から出てきた。

「何よ、メグなんてあいつと仲良くやってればいいじゃないの」
「……ふーん、ニナは私とクライブが仲良くしてても、どんな関係になっても構わないんだ?」

どんな関係になっても、という部分を強調された瞬間、ニナは慌ててメグに視線を合わせた。
メグは小さく吹きだしたかと思えば、続いて腹を抱えて笑い始める。

「ニナって、本当に分かりやすいキャラしてるわよね!」

やられた。何もかもバレていたのだ。

「いい機会だから言うけど、私とクライブは仲間以上でもそれ以下でもないから」

それならさっきの意味深な約束はどういう事だとニナは問いたかったが、急に腕を引っ張られたせいで途切れた。

「早くレストラン行って、朝ごはん食べない? お腹空いちゃった」

何だかうまく丸め込まれたような気もしつつ、自分も空腹である事を思い出したのでそのままメグに身を任せた。




とうとうやってきた昼前、ニナは部屋で外出用の身だしなみを整える。
レストランで朝食を取っている間、メグは今日の約束については一切触れなかった。 もちろん面と向かってキャンセルされたわけでもないので、とりあえず待ち合わせ場所に向かう事にしたのだ。
髪を丁寧に巻き直し、目の下の濃いクマもしっかり隠した。
荷物を持って部屋を出ようとした時、部屋のドアがノックされた。
まだ返事すらしていない段階で勝手にドアが開き、メグが現れる。

「ニナ、準備できた?」
「後は出掛けるだけ……なんだけど、迎えに来るなんて聞いてないわよ。待ち合わせは?」
「いいから、いいから」

メグはニナの背中を押しながら部屋を出ると、後ろ手でドアを閉めた。

「ところでメグ、あんた荷物は?」
「荷物? そんなの無いわよ」

返ってきた答えを不審に思って振り向くと、荷物どころかメグの服にはところどころに機械油の染みがついていた。
どう見ても、これから街へ出掛ける者の格好とは思えない。
背中を押されたまま、ニナの身体はどんどん前に進んでいく。

「だって今日は私、からくり丸の整備しなきゃいけないんだから」
「……えっ!?」

出入り口のドアが開き、陽光がニナの視界を眩しく照らした。
その先に立っている人物を見て、うっかり荷物を落としそうになってしまう。
そこに居たのは黒いローブを纏わず、銃も持っていない、普段とは全く違う装いのクライブだった。

「な、なんであんたがここに」
「……はい、行ってらっしゃい!」

メグに背中を強く押されたはずみで、ニナはクライブの真正面に来てしまった。
状況が全く掴めないまま振り返ったが、メグの姿は既に無かった。
答えを出してくれそうなのはもう、目の前の男しか居ない。

「わ、私、今日はメグと出掛けるはずだったんだけど」
「らしいな」
「あんた、この状況について何の疑問も持たないわけ?」
「今朝、急にメグに頼まれただけだ。外せない用が出来たから、代わりにニナと一緒にサウスウィンドゥまで行ってくれ、と」

その答えに、ずっと心を支配していた疑問が溶けて行くのを感じた。
ニナとクライブを2人で出掛けさせるために、メグが自ら手を回したのだ。
思えば2人きりで外出するのは初めてだ。戦闘や軍師の使いなどは別として。
好きになった男への押しだけは強いはずの自分が、何故か調子を狂わされている。 単純な押しの強さだけではどうにもならない相手だという事が、関わっていくうちに分かったからかもしれない。

「それにしても、その格好どうしたの?」
「……銃もローブも、メグに取られた」

苦い表情でそう言うクライブの様子が何だかおかしくて珍しくて、ニナは今日初めて声を上げて笑った。




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