白い恋の季節 3月も半ばに入ろうとしている最近、本拠地が何気に騒がしくなってきた。 特にカミューやシーナ辺りは、ひと月前に貰った大量のチョコレートのお返しをしなければならないと言っては、 せわしなく動き回っている。 クライブはそんな光景を他人事のように横目で見ていたが、ある少女のことを思い出して図書館の裏へ向かった。 「えっ、バレンタインのお返し?」 壁にもたれかかって本を読んでいたニナが、そう言いながら顔を上げた。 「先月はお前から、菓子を貰ったはずだが。何か欲しいものは……」 「ああ、あれね! 別に気にしなくていいわよ、あんたからお返しが貰えるなんて思ってないし」 こちらの問いを遮るように放たれたその言葉からは明らかに、「あんたには何も期待してないわよ」的なニュアンスを匂わせていた。 強気でわがままなニナのことだから、執拗に見返りを要求してくるかと思えば、この冷めきった反応。 しつこく迫られるよりも遥かに、何かを贈って飛び上がるほど驚かせてやりたいという気になってくる。 おそらくニナは先月、異様な気合いを入れて作った菓子をフリックに押し付けたに違いなく、期待は全てそちらに向いているのだろう。 ニナから貰ったのは大きなチョコレートケーキだった。しかもそれを皿に乗せたまま、キッチンから図書館の裏へ直行してきた。 当然ながら包みや飾りは一切なし。 フリックへの差し入れの試作品ではなく、珍しく甘さも控えめだったので、悪くはないという感じの感想を告げると やたら大げさに驚かれた。 普段持ってくる菓子への評価が「まずい」の一点張りであるせいか、そういう反応をされても無理はないが。 負けず嫌いのニナは、手作りの菓子をクライブが大絶賛するまで試食させるのをやめないつもりらしい。 しかしクライブは出来栄えがどうであっても、フリックへの差し入れだけは絶対に褒めないと決めている。 その理由は、どんな形であってもニナとの繋がりを持ち続けたかったのが9割、残りの1割は言うまでもなくフリックへの嫉妬。 もし毎日追われているのが自分ならば決して逃げたりはせず、向き合える自信はある。 そう思っていても状況は、なかなか都合の良い方向へは動かない。 いい年をした自分が、11も歳の離れた少女に翻弄されるのは情けないと思う。それでも仲間の中では群を抜いて強烈な印象を 放っているニナのことは、この戦争が終わって何年経っても忘れられない気がした。 最初はただ目障りで鬱陶しいと思っていた相手に対して、今ではすっかりこんな調子だ。 フリックに逃げられて落ち込んでいる姿を偶然見かけて以来、何かが狂ってしまった。 自分なら、ニナにあんな寂しい思いはさせないと思った。 復讐を果たすまでは、無駄に他人とは馴れ合わないと決めていたのに。 「まあ、もし何かお返ししてくれるって言うなら……そうね、今から一緒に付いて来て」 「どこへ行くんだ」 「来れば分かるわ、さあ早く」 本を閉じて立ち上がるとニナは、さっさと先を歩き出した。 ウエイトレスがテーブルの上に置いて行ったものに、クライブは思わず目を疑った。 何かの間違いかと思ったが、向かいの席に座っているニナが興奮気味に身を乗り出したので、 これは正真正銘ニナが先程注文したパフェだ。普段レストランで見かけるものよりも更に大きく、 色鮮やかな果物やアイスクリームがこれでもかという具合に盛り付けられている。 食べるつもりのない自分ですら胸焼けがしてきた。それでも筋金入りの甘党であるニナなら1人でも全部食べきれそうで、恐ろしい。 「来た来た、これを待っていたのよ! ねえ、これあんたの奢りでいい?」 強烈なパフェに圧倒されながらも頷くと、ニナは「やった!」と大喜びして細長い銀色のスプーンを手に取った。 値段は普通のパフェの倍近くだが、先月貰ったケーキの大きさを考えると釣り合いは充分に取れている。 「あまーい」 アイスクリームを口に入れた途端、その甘さにすっかり骨抜きにされたらしいニナが蕩けそうな笑顔になった。 そんな表情を見ていると視線が重なったので、クライブは何事もなかったかのように目を逸らす。 「私だけじゃ何だから、あんたも味見してみる?」 「いや、俺は……」 「遠慮なんてするんじゃないわよ、水くさい」 ニナはそう言うと、添えられていたもう1本のスプーンを差し出してくる。 このパフェの大きさからして、1人では食べきれないと判断したウエイトレスの配慮なのか。 どちらにしろ、いらない世話だと思った。 根負けして差し出されたスプーンを受け取ると、見慣れた2人組がレストランに入ってくるのが見えた。 ビクトールとフリックだ。 クライブはニナの手を掴み、握られているスプーンの先を口に含んだ。 すくい取られていた生クリームの味が、舌の上に広がる。 「確かに、甘いな。お前の言うとおりだ」 ニナは顔を朱色に染め、硬直して動かない。 向こう側に居るビクトールは面白そうに成り行きを眺め、フリックは呆然と立ち尽くしている。信じられないものを見た、と いうような表情で。 ……もし、ほんの少しでもその気があるなら、横取りされないようにするんだな。 いつまでも煮え切らない青い男に胸の内で忠告しながら、クライブは密かに薄い笑みを浮かべた。 |