花冠 最近、アンネリーに会っていない。 決して会いたくないわけではなく、軍主としての仕事が立て込んでいるため、自由に動ける時間が無いのだ。 仲間が増えた。本拠地も大きくなった。信じてくれている人達に支えられて、自分は今ここに居る。 そんな忙しい日々の中で、ツバサを癒して勇気付けているのが、 歌姫として本拠地の住人達の心を掴んで離さない少女、アンネリーの存在だった。 サウスウィンドゥで初めて会った時に聴いた、美しい歌声は今でも覚えている。もっと聴いていたい、と思った事も。 同じ建物の中で生活しているとはいえ、その距離はあまりにも遠い。ステージにアンネリーが立つという 情報をどこかで耳にしながらも、様々な仕事を抱えたツバサは当然そこに行けるはずが無かった。 軍主という立場を取ったら何も残らない自分が、アンネリーに何をしてやれるだろう。 あの美しい歌声にも引けを取らない、何かを贈りたい。 いつも勇気をくれる歌姫に感謝の気持ちを込めて、心から喜んでくれそうなものを。 「女の子って、何を贈ったら喜んでくれるかな」 廊下で偶然会ったニナとメグにそう問うと、2人は興味津々という表情を浮かべてツバサの顔を覗き込んできた。 「えーっ、何よ急に! もしかしてナナミちゃんに贈り物?」 「ちょっとニナ、ナナミちゃんの事なら、ツバサ君がわざわざ私達に訊く必要無いじゃない」 「まあ、それもそうね」 けらけらと笑いながら勝手に盛り上がる2人に、ツバサは不安を覚えた。 少しでも参考になればと思って訊ねてみたものの、この人選は間違いだったような気がしてきた。 「あの、さっきの質問なんだけど……」 「質問? ああ、私は新しいスカートとブレスレットが欲しいわ!」 「私は新しいペンチとネジと、あとは木材!」 「何よそれ、そんなの普通の女の子は誰も欲しがらないわよ!」 「ニナこそ、自分の趣味をツバサ君に押し付けるのはやめたら?」 「う、うるさいわね! メグ、今日こそどっちが上かハッキリさせようじゃない!」 「望むところよ!」 突然火花を散らし始めたニナとメグは、すでに周りの事など見えていない。 ツバサは2人に気付かれないように、そっとその場を離れた。 展望台には望遠鏡があり、そこからは本拠地の外観を高いところから眺める事が出来る。 今日のように晴れた日は、よく子供達がここへ登っているらしいが、今居るのはツバサ1人だ。 「ここに来るのも、久しぶりだなあ」 少しだけ時間が取れたので楽屋に行ってみたが、アンネリーは不在だった。 彼女の部屋がどこにあるかは知っているが、1人で訪ねられるほど深い間柄で無いので、きっと警戒されてしまう。 先程の贈り物について、ツバサはまだ迷っていた。 アンネリーは服やアクセサリーに強くこだわってはいないようで、しかもからくり師でもないので、 ニナとメグの意見も参考にならなかった。 金をかけただけの高価な物を贈れば喜んでくれるとは限らない。ツバサ自身も、贈り物の値段だけで結果が左右されるとは 思えなかった。だからと言って、安物で済まそうというつもりは無い。要するに、その物にどれだけの気持ちが 込められているかが重要なのだ。 それにしても自分は、アンネリーにとってどういう存在なのだろう。 ステージに立っている時以外でも、ツバサが頼めば個人的に歌を聴かせてもらえるが、 そんな程度なら自分以外の誰かでもきっと同じだ。 クライブのように常に寡黙で何を考えているのか分からないタイプでもなければ、 ニナのように激しく自己主張する分かりやすいタイプでもない。 大体、あの2人の性格は極端すぎて話にならない。 望遠鏡を少し動かした先で視界に広がった景色を見て、ツバサの頭にひらめくものがあった。 淡い橙色が空を染め始めた頃、本拠地の入口に1人の少女が立っていた。 1日の終わりが近づくにつれて冷たくなってきた風が、栗色の髪とスカートを揺らす。 そんな光景に目を奪われながらも、ツバサは少女の元へ走った。軍主である自分が単身で本拠地を離れる事に対して シュウは良い顔をしなかったが、目的の場所はいざという時にでもすぐに戻れる距離なので、何とか許してもらえた。 「アンネリー!」 離れた所からその名を呼ぶと、少女は顔を上げた。目が合った直後に見せたその優しい微笑みに、 今までの疲れが全て吹き飛んだ。 「ごめん、いきなり呼び出しちゃって」 「今はカレンさんの出番なので、大丈夫ですよ」 いくら人気があるとはいえ、アンネリーは1日中ステージに立っているわけではない。 それでも彼女を、自分の都合だけで引っ張り出すのは申し訳ないような気がした。 「今日はどうしても、これを君に渡したくて」 ツバサはそう言うと、後ろ手に持っていたものをアンネリーに差し出す。 本拠地のそばにたくさん咲いていたシロツメクサを長く繋げて、輪にしたものだった。 控えめで可愛らしい、その白い花はアンネリーのイメージにぴったりだと思う。 昔、道場の裏に咲いていた同じ花でナナミが作っていたのを思い出したのだ。少し時間はかかったが、 上手く出来たので嬉しかった。 男が花飾りを作るなんて……とバカにされそうだが、アンネリーのためなら何を言われても構わない。 アンネリーの欲しい物が分からないので、これはツバサの自己満足でしかないが、納得の行く物を贈りたかった。 美しい歌声を聴かせてもらっている、お礼がしたかった。 「すごく可愛い……ありがとうございます!」 受け取ったアンネリーは嬉しそうに、花の輪を冠のように頭に乗せた。 その姿がとても似合っていたのと、笑顔を見せてくれた事で、ツバサは照れ笑いを隠し切れなかった。 |