夢を与えて



「ねえねえ、それって魔法? それともからくり?」

解放軍本拠地の廊下で偶然顔を合わせた、黒づくめの男が持っている細い筒状の武器を指先で示しながら、 メグはそう訊ねた。
同じパーティーに入って初めてその威力を見せ付けられて以来、好奇心旺盛なメグの心を掴んで離さなかった。 ちょっと指を動かすだけであんなに遠距離から攻撃できるなんて、凄いとしか言いようがない。 からくり師を目指している身としては、かなり気になる。どうしても気になる。
しかし男はメグの姿を見た途端、急に警戒のオーラを出してこちらを睨んできた。

「お前、あいつの仲間か?」
「あいつ?」
「ジュッポとかいう、からくり師の男だ」
「仲間っていうか親戚なんだけど」
「お前に話す事は何もない、帰れ!」
「えっ、何なの!? 意味分かんない!」

解放軍の仲間が集まって暮らす本拠地の中でそう言われても困る。メグが他に帰る場所といえば、故郷のレナンカンプしかない。 心ときめく素敵な冒険が出来ないまま大人しく帰るような、ゆるい決意で家を飛び出してきたわけではない。
こちらの事情なんて何も知らないくせに、いきなり帰れだなんてひどすぎる。

「どうせお前も、俺の武器が目当てなんだろう?」

それを聞いて何故か、叔父が隠し持っていた本に書いてあった、「どうせ貴方も私の身体が目当てだったのね!」 という台詞を思い出した。どうやら小説のようだったが子供のメグには内容が難しく、 しかも焦った顔をした叔父に本を素早く取り上げられたので、どういう状況で出た台詞なのかも分からなかった。
目当てが武器じゃなければ話を聞いてくれるのかと突っ込みたいが、メグの目当ては男が持っている武器そのものなので、 苦しい嘘をついてまで食い下がりたくはない。
とにかく男の様子を見る限り、これ以上粘っても無駄なような気がした。
それにしても叔父はこの男に一体何をしたのだろう。叔父は少しでも興味を示したものに対しては、気が済むまでスッポンのように 食らいついて離れない。きっと、相当しつこくまとわりついたに違いない。 そのせいで、無関係であるはずの自分までこうして警戒されている。本気で勘弁してほしい。
そうこうしているうちに、男は適当にメグをあしらうとその場を去ってしまった。
好奇心が満たされるどころか、腹立たしい気持ちが広がってメグの心を飲み込んだ。



メグは地下へ行くと作業中だった叔父に、ものすごい勢いで迫って問い詰めた。
すると予想通り、叔父はあの男が持つ不思議な武器に興味津々らしく、 暇さえあれば追いかけて、それを見せてほしいなどと頼み込んでいるらしい。
さすが血縁、ふたり揃って目の付け所は一緒というわけだ。
更に得た情報といえば、あの陰気そうな男はクライブという名前で、幻の武器である鉄砲を操って戦うという。
わざわざ相手に近づかなくても遠くから攻撃できて、殺傷能力は弓より高い。どれを取っても魅力的だ。 その仕組みがどうなっているのか、知りたい。
しかし本人に訊いても簡単には教えてくれそうもないので、残された方法といえばただひとつしかなかった。
きっとしばらくは徹夜になるだろう。



部屋にこもって数日、メグはようやく完成した自信作を手にして階段を駆け降りる。
大人の手から肘くらいまでの長さはあるそれは、ただの竹筒のようにも見えるが、 実は中身に自分なりの仕掛けがしてあった。
鉄砲の仕組みが分からないなら、自分で考えるしかないと思った。 見た目は子供だましの玩具でも、精一杯のアイディアと時間を費やして作ったのだ。
いつもなら何かを作ると真っ先に叔父へ見せに行くのだが、今回は違った。 あの男に見せて驚かせてやりたい。何も出来ない子供ではない事を証明すれば、 顔を合わせた途端に帰れとは言われなくなるはずだ。
興味を引いたところで、鉄砲の仕組みについて巧みに話を持って行く予定でいた。

「肝心な時に手こずらないように、最後に一度だけテストしなきゃ」

周囲に誰も居ないのを確かめると、メグは竹筒の底に付いている紐に触れて強く引いた……が、何の反応もない。 部屋を出る前に試した時は上手くいったのに。
何度か引いているうちに段々と苛立ち始め、更に力を入れて引っ張った。すると、竹筒の先から弾けるような音がした。

「やった、今度こそ大成功!」

満面の笑みを浮かべながら顔を上げた直後、メグのその表情が凍りついた。
今まで誰も居なかったはずの真正面には、いつの間にかクライブが立っていて、しかも額を手で押さえながら俯いている。
彼の足元には、紙屑を小さくちぎって丸めたものが落ちていた。 竹筒の紐を引くと、それが勢い良く飛び出してくるという仕組みだった。

「え、えっと、その……」

メグが謝罪の言葉を口に出すより早く、クライブの指の間から見えた鋭い視線がこちらへ向けられた。 無言の圧力が、恐ろしい。
最高の自信作を、最悪な形で披露してしまった。
……その後、メグは叔父の元へ強制連行され、ふたり揃ってクライブから小言と嫌味を交互に聞かされる羽目になった。 しかも叔父からもきつく説教をされたうえに、例の竹筒を没収されてしまった。あまりにも報われない展開に、 いつもは前向きなメグもしばらく立ち直れなかった。
この出来事を境目に、クライブは怖い人だというイメージがついて離れなかった。
やがて解放戦争は終わりを告げ、メグとクライブの広がりきった溝は埋められないまま別れの時を迎えた。



まさか、また同じ軍で戦うとは思ってもいなかった。
あれから三年後、同盟軍の本拠地で再会したクライブは相変わらず人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。 そして彼の手には、あの鉄砲が握られている。
叔父から取り戻した懐かしい竹筒は、すっかり色褪せていた。いくら紐を引いても何も出てこない。 長い旅の最中に壊れてしまったのだ。
それでもクライブの持つ武器を見るたびに刺激される心は、今より幼かった三年前と何も変わらぬまま。

「今度は失敗しないわ、みんながビックリするくらい凄いのを作ってやるんだから!」

夢を叶えるまでは、絶対に諦めない。
嬉しい事や辛い事がつまった思い出が、背中を押してくれるから。




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