ようやくバイトが終わり、ミツルは更衣室で着替えるとひとりで帰り道を歩く。
週に3回の4時間程度とはいえ、放課後の労働は正直言って疲れる。特に体育があった日などは真っ直ぐ家に帰りたくなるくらいだ。
それでも卒業後はひとり暮らしをするという目標があるため、少々辛くても辞めるわけにはいかない。人付き合いが苦手で愛想の良くない自分が、ようやく採用された バイトだった。接客の仕事ではないが、同じ時間帯のシフトで入っている人間とは嫌でも関わることになる。
幼い頃からの要領の悪さ故によく叱られたりもするので、学校よりも息苦しい。
疲れきった身体を何とか動かして歩きながら携帯を開くと、零からのメールが入っていた。

『バイトお疲れ! この前ミツルに借りた漫画の続きが読みたいんだけど、いつ頃なら時間空いてる?』

これだけのメールでも、身も心も癒される。バイト先で零が一緒に働いてくれたらいい、という妄想をしてみたが、仕事中の情けなさを見せてしまう羽目になるので かなり複雑だった。

『学校が終わって、バイトがない日ならいつでも大丈夫』

歩きながらメールは読めるが、文章を打つのは苦手だ。携帯の画面に集中していると、どうしても歩みが遅くなってしまう。同時に複数のことを上手くこなせない。 それにしても今すぐ零に会いたい。少しでも顔を見ることができれば、こんな疲れなどすぐに忘れられるのに。

『零は今、何してるの?』

これを先ほどの文章の後に付け加えて送信した。零からのメールは1時間くらい前に送られてきたものなので、今は何をしているか分からない。ミツルからのメールに 気付くのは大分後になるかもしれないのだ。それでも密かな期待を捨て切れなかった。
自分の中で賭けをしてみる。もしこれから家に着くまでに零から返信が来たら、これから会えないかどうか訊ねよう。もし来なかったら諦めて別の日に誘う。
ふたつ目の信号を渡り角を曲がると家が見えてきた。開いたままの携帯を握りしめながら、無意識にゆっくり歩いている自分に気付く。 もし誘っても、零はミツルに会いたいと思ってくれるのか、それを確かめるのが怖かった。零のほうも、今日いきなり会いたいと言われても困るかもしれない。
家の前まで来ると、メールの着信音が鳴る。アドレス帳の数少ない登録の中でも、零だけは違う音にしてあるのですぐに分かる。

『今は特に何もしていない、ミツルからの返信を待っていた』

画面に表示されているその文面に胸が高鳴る。零がミツルのメールを待っていてくれた、それだけで飛び上るほど嬉しかった。
もう返信してから数分待っているのがじれったくなり、今から電話してもいいかと訊ねるメールを送るとそれから1分も経たないうちに零から電話が来た。

『ミツル、今どこに居るんだ?』
「……家の前」
『もう帰ってきてるんだな、これから夕飯か』
「飯よりも零と話がしたかった、声を聞きたかったんだ」

本当は声だけでは足りない我慢できない、会って顔を見てこの身体全てに触れてほしい。零の温もりを思い出すだけで正気ではいられない。
もはや顔にも出ていそうな浅ましい考えが溢れて止まらず、今のこんな自分を零が見たらどう思うだろうか。
ミツルの訴えに、電話の向こうの零は優しい声でミツルの名前を呼んだ。いつも聞いている声でも、電話を通すとどこか違う感じがする。

『俺は……声も聞きたかったけど、正直言うと今すぐにでもミツルに会いたい』

それはまるでミツルの願望を見透かして、それに応えてくれたかのような言葉だった。
更に強く携帯電話を耳に当てて、そばを通っていく近所の人間の目も気にせず零との会話を続ける。

「そ、それ本当!?」
『ああ、でもミツルはバイト帰りで疲れてるだろうし、我慢してたんだけど……』
「そんなことないよ! 俺は大丈夫だから!」
『それじゃ、今から少しだけ会えるか?』

声を聞いただけで、バイトの疲れはどこかへ吹き飛んでいた。出会った頃は憎むばかりで全然感じなかったが、時間が経つにつれて自分は零に依存し始めている。
じれったくて甘い恋だの愛だのをとっくに通り越してしまっているくらいに。






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