「どうせ死んじゃうならさ…その命…くれないかなと思って…!」



全く理解不能な要望を押し付けてきた宇海零という少年は、何をするにも俺達を驚かせた。
極度の興奮状態だったヒロシが「危害を加えない事を証明しろ」と捲し立てると、突然零は全裸になりこれでいいかとさらりと言った。
何をさせられるのか不安でたまらないと涙を流し始めるユウキにも、零は「死の覚悟が持てるユウキだからこそ、頼みたい事がある」と 優しくユウキを励ました。


俺はというと、あまりの大胆な行動に呆気に取られるばかりで、その様子をじっと見つめているだけだった。
しかしそんな俺の様子に気付いた零はにこりと笑って、
「ミツルには他にも聞きたいことがあるんだ」
と意味深な言葉を残しつつも、零はまず俺達が何をすべきなのか、何をさせられるのかという事を説明し始めた。



いわゆる振り込め詐欺、その被害者に金を戻す…零はそれを「義賊になる」と言った。
ヒロシもユウキも、零の話を聞くほどに義賊に憧れ、さっきまで死にたいと言っていたのも忘れてはしゃぎまわっている。
一人では出来ない事だと言っていた。確かにそうだ。計画を聞いてみると、さすがにこれは一人じゃ難しい。


だが、何故俺達なんだ?
足がついてもどうせ今日明日にでも死ぬ人間だから、もし殺されようが構わないって事なのか?


「大丈夫だ、ミツルが思うようなことは考えてない」
不安そうに眉でも顰めていたのだろうか、零はまた俺に笑いかけながらそう言った。
人を信じてこなかったせいで疑り深くなっているのは俺の性格だから仕方がない。そもそも、こんな事を言い出す零がおかしいとしか思えない。

実行に移すのはまだ先だからと俺達はその場から解散することとなった。
山道を歩いて降り、町が見えた頃には朝日が昇っていた。無言で始発のバスに乗り、駅前で俺達はバラバラに別れた…はずだった。



「ミツル!」
「…!零、なんで」
「俺も、こっちだから」


嘘をついている。零は俺をつけて来たに違いない。


「だから、違うって。本当にこっちなんだよ、俺も……なあ、そんなに俺のこと」
「ああ、信用ならないね。遅れてくるのも計算、俺達をこうして言いくるめるのも計算、じゃあ何を信じろっていうんだ。ヒロシやユウキとは 違う、俺はお前なんかに騙されて命を落とすなんて事はごめんだ。だったら今からでも一人で…」
「やめろ!!!!!!」
早朝ではあるが、既に駅前には通勤途中のサラリーマンや学生の姿も見える。こんなところで揉めている所なんて恥ずかしくて見られたくない。
俺は目立ちたくない一心で零の腕を掴むと、人気のない方へない方へと引っ張っていった。


誰もいない路上まで早足で歩き振り返る。
「お前なあっ……え、ぜ、零…?」
零はその端正な作りの顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「なんで…」
「ごめん…ごめんミツル…でも、それだけは、死ぬのだけはやめてくれ…!」
どうして、自殺サイトで知り合っただけの零が、見ず知らずの俺のことを。
ますます零の本心が見えずに俺は苛立った。



こうして、誰にでも同じ顔をしてみせて、誰とでも仲良くして、差別も苛めもしませんみたいなイイコが俺は一番嫌いなんだ。
そんな奴を今まで何人も見てきた。だけどそんな奴らは皆同じだ。苛めは見てみぬフリをして、仲の悪い奴とは先公が見てなきゃ口もきかない。
俺のように空気みたいな存在は、空気として扱うだけ。そのくせ作文や発表ではありもしない優等生っぷりを見せ付けてくるんだ。




「お前みたいな奴が俺は一番嫌いなんだよ」
「ミツル…!」
「俺達を助けたからって、お前に感謝もしないし、お前が他人から評価されるのも腹が立つ」
「ちがう、違うんだミツル、俺は」
「お前になんか助けられる必要なんて無かったんだ」



本当は違う。



助けて欲しいと、喉の奥から叫びたくて仕方が無かった。
意識が遠のいていくあの時でさえ、本当は最後の一人…零に僅かに期待していた。もしかしたら、助けてくれるかもしれないと。
嬉しかったのに、生を感じたあの瞬間が嬉しくてたまらなかったのに、それは一瞬でどこかへいってしまった。
人への感謝もない、日常への感動すらない、ただのつまらない人間に戻ってしまった。
どうにかしたくて、零の話を必死に聞いていた。そんな気はさらさらない、というフリをしてまで。


俺は…どこまで愚かしい人間なんだ…!




「………生きていると、思いたいんだよ、俺は…零」
「うん…」
「本当は、死にたくなんか、ない」
「ああ、分かってる」


いつの間にか俺の両の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。


「ミツルに聞きたかったこと、もう少しで聞けそうだ」
「え・・・?」
「死ぬより怖いことなんてないだろ?」
零は袖で涙を拭くと、またにこりと笑って俺の手を取った。まるで太陽のような、暖かくて優しい笑顔。
もっと見ていたくなって、俺は零の小さな手を強く強く握り返す。


「ふふ…じゃあ、こっち」
「え?…えええええ!!!!?」
すぐ側の建物へと零にぐいと引っ張られ、俺は先程の零の大声よりデカい声で叫んでしまった。
「ちょっ…ここって…!」
「素直になろうぜミツル…お前、ホントはこういうの嫌いじゃないだろ?」


確かにそれについては異論はない。俺はもしかしたら男の方が好きかもしれないとネットで打ち明けたことがある。
死ぬ間際だからと思って、仲間内でのチャットで趣味や性癖を暴露し合ったのが間違いだった。
そういや、無言になったヒロシやユウキとは違って零だけは『どんな子が好き?』って聞いてきてたっけ…俺も調子にのってべらべらと 好みを話してしまっていたが…


『ジャニーズ系の顔で、高校生くらいで、スポーティな格好してて、髪は少し長めで目は大きくて、笑顔が可愛い子かな』


「…お前っ…知っててその格好…!」
顔…いや身体中から火が出そうだ!!!
「気付くの遅すぎなんだよミツルは。来いよ、もっと元気にしてやるから」
「だって、お前、そういう奴じゃ」
「違うけど…ミツルとだったら、いいかなって」


本当に零には驚かされてばかりだ。軽い奴とも思えないし、すごく真剣というにはノリが良すぎるし…
でも、零の見せた涙だけは本物だと思うから。


お前がどうして死なせまいと必死になるのか、それだけはまだ分からないままだけど、目の前の状況を考えてみてもそれどころじゃないことだけは はっきりしている。



次第に明るくなる空。増える車の音。電車のベル。行きかう人々の声。




今だけは現実から離れてもいいんじゃないか、とぽつりと零が呟くので、
俺はそうだな、とだけ返す。




そしてそのまま、俺達は建物の中へと逃げるように滑り込んだ。






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