1/365 赤木が帰ってこない。 こちらもさきほど帰宅したばかりなので、その間に電話でも来たのだろうか。 そんなにマメな男ではないと分かっていながらも、つい期待をしてしまう。 常に携帯できる電話があればどこでも連絡を受けることができるのに、と無謀な想像をする。 あと1時間近くで日付が変わる。普段なら特に気にしないが、今日だけはやたらと神経質になった。 今月に入ってから街中が赤と緑の飾りや看板にあふれて、ラジオから流れてくる曲や話題もこの時期限定の華やかなものになる。 12月24日の夜。一緒に過ごす家族や恋人もおらず、部屋でひとりきりなのは味気ない。 身体はこの上なく疲れていた。いくら年に1度だけの特別な日とはいえ、働かなくては普通に暮らしていくことすらできないのだ。 赤木を恋人と言うのはどこかためらいがあった。現在、最も近い存在なのは事実だが、愛を語り合えるような甘い関係ではない。 もしかすると赤木は、この日を一緒に過ごしたいという相手が別に居るのかもしれない。それが男か女なのかは分からないが。 実際には翌日の25日が本番なのに、世間では前日のほうが重要視されているのは何故だろうか。 もうすぐ0時になる。もう何もかも諦めて寝るべきだと考えた時、玄関のドアが開いた。 目が覚めるような外の冷気と共に、赤木が中へ入ってくる。 思わず腰を浮かせかけて、やめた。いかにも待ち望んでいたかのように思われてしまう。 心を落ち着かせるためにひと呼吸置いてから、声をかけた。 「……遅かったな」 「夕方、急に代打ちを頼まれてさ。その後はどこかの料亭に連れて行かれた」 外出先でヤクザに捕まったのか。赤木の噂は裏の麻雀界でも広まっているだろうから、そういう展開になってもおかしくない。 服についた雪を払い落としている赤木が、瓶のようなものを持っていることに気付いた。 「料亭の帰りに組長から渡されたんだよ。美味いかどうかは知らないけど」 そう言って赤木が小さなテーブルの上に置いたのは、今まで見たこともないような高価そうな酒だった。 「これ、ふたりで飲もうか」 「えっ?」 「今まで興味なかったけど、今日は年に1度の特別な日なんだってね」 「そうみたいだな、お前に言われるまで俺も忘れてた」 嘘をついてしまった。赤木が帰ってくるまでは、女々しく気にしていたくせに。 台所で水気を切っておいたコップをふたつ手に取って振り向くと、こちらを見ていたらしい赤木と目が合った。 「あんたが酔うと面白いことになるから、楽しみだよ。矢木さん」 「どんなことになるんだ……聞いてねえぞ」 「もしかして覚えてないわけ?」 「何が」 身に覚えのないことを言われたので真顔で訊き返すと、赤木は薄く笑みを浮かべた。嫌な予感がする。 この前、立ち寄った居酒屋で飲みすぎてしまったことは覚えている。 玄関のドアを開けて、赤木の姿が見えてから朝までの記憶が抜けているのが怪しい。何かあったのか? 目が覚めると、いつの間にか敷いてあった布団の中に居た。服は着たままだったので、おかしなことにはならなかった……と思う。 とにかく赤木の前で恥をかきたくない。特に、普段は隠しているものを無意識に晒してしまうのは勘弁だ。 「まあ、いいさ」 「はっきり言えよ、気になるだろ」 聞いているのかいないのか、赤木は何も言わずにコップへ酒を注いだ。 豪華な食事も飾りつけも存在しない、狭い部屋に赤木とふたり。グラスを満たしていく琥珀色の液体を眺めているうちに、 ひとりで赤木の帰りを待っていた時の不安が全て薄れて消えていくのを感じた。 互いに同じ味のする唇を重ねて、そのまま深いくちづけへと進んだ。 赤木が持ってきた酒はもう1滴も残っていない。ふたりで同じくらいの量を飲んだはずなのに、多分俺のほうが酔っていた。 身体の熱さを伝えるかのように強く抱き締めても、赤木は余裕のある表情で背中に腕をまわしてくる。 こいつはとんでもなく酒が強いようだ。どんなに飲んでも理性を失ったりしない。 「本当は……今日が何の日か、覚えてたんだ」 「そうなんだ?」 「お前と過ごしたいって思ってたけど、なかなか帰ってこなかったから」 俺は一体何を言ってるのだろう。せっかくうまくごまかせたことをわざわざ自分から白状して、弱みを見せるなんて。 酔っているせいなのか、正気の時は言わないようなことまで口に出してしまう。これ以上はまずい、そう思っても止められない。 赤木が言っていた「酔うと面白いことになる」というのは、この状態のことを示していたのか。 突然、畳の上に押し倒された。服が首のあたりまで捲り上げられて、火照った肌が部屋の冷たい空気に触れる。 「赤木……?」 俺に乗った赤木は、自分のシャツを脱ぎ捨てた。それを見て俺も、仰向けになったまま半端に捲り上げられた服を脱ぐ。 「矢木さん、寒い?」 「いや、今のところは別に……」 「どうせ熱くなるんだから、いいよね」 これからする行為を匂わすかのように、赤木は俺と視線を合わせながらそう言った。 こちらに身体を倒してきた赤木を再び抱くと、上半身の肌が直接触れて重なり合う。 あと数分もしないうちに下も脱ぐことになりそうだが、それでも構わない。むしろそうなりたいと思ってしまった。 身を起こした赤木がちょうど俺の股間あたりに乗っているのを見て、まるで本当に挿入しているかのように強く腰を突き上げると、 赤木は驚いたように息を詰めた。 |