Answer 「あとどのくらいで着くの?」 「5分くらいだな」 「それなら充分……着いたら起こしてよ」 「ああ……っておい、寝るなよ! たった5分だぞ!」 矢木の制止も空しく、赤木はもう人の話など聞いていないようだった。 左肩に、赤木の重みを感じる。 規則正しい電車の揺れが眠気を誘ったのか、それとも疲れていたのか。 昼頃から2人で街に出て映画を観てきた。 前もって予定していたわけではなく、歩いている時に突然雨が降ってきたので、雨宿りがてら近くの映画館に入ったのだ。 流れで観ることになったとはいえ自分はそれなりに楽しめたが、赤木がどう思ったかは分からない。 単なる時間つぶしにしか感じていないのかもしれない。雨が止むのを待つのが目的だったので、別に構わないが。 窓の外に目を向けると、だいぶ暗くなりかけている空と地上に広がる景色が見えた。 戦争の傷跡を覆い隠すように、新しい建物が次々と建てられていく。 自分が赤木くらいの歳の頃は、今では考えられないほどひどい生活をしていた。 乏しい食料で飢えをしのぎながら、いつ来るか分からない空襲に怯える毎日。 当時のことはあまり思い出したくないのに、唯一の話し相手がこうして物を言わぬようになると、嫌でも頭によみがえってしまう。 そんな時、寝ているはずの赤木が指を絡めてきた。座席の上、まるで恋人同士の繋ぎ方のようになった手を見て、深く息をつく。 近くに誰も乗っていないことを有り難く思った。こんな状態を見られでもしたら、とても言い訳ができない。 繋いだ手を何となく握ると、赤木はそれと同じくらいの強さで応えてくる。 人を信用するな、と言ったのは昔の赤木だった。運命を分けた勝負の場で。 しかし無防備に絡めてきた指の温度や、肩に預けてくる身体の重さを感じている今でも、 あの言葉を受け止め続けなければならないのか。 ふいに、目蓋が重くなってきた。間近で聞こえるかすかな寝息や、電車の揺れが心地よく意識を遠のかせる。 「……さん、矢木さん」 隣から何度も呼びかけられて、我に返った。 顔を上げると、目を覚ましている赤木がこちらの様子を窺うように覗き込んでくる。 「次の駅で降りるんだろ、もう5分経ってるぜ」 「ん……ああ、そうだな」 「もしかして寝てた? ヨダレ出てるけど」 「ええっ!?」 「何やってるの、冗談だよ」 からかうようなその一言に、慌てて口の端を辿った指の動きが凍りつく。 「……このガキ!」 どうしようもない恥ずかしさをごまかすための怒声と共に立ち上がると、赤木は低く笑いながら席を立って離れて行った。 駅に着いた電車が、ゆっくりと速度を落として止まる。 足早になっているのは電車から降りるためか、それとも赤木を捕まえるためか。 自分のことなのに、もはやよく分からなくなっていた。 |