続・ある夜の涙 目が覚めると、矢木が玄関で寝ていた。 隣に敷いた布団は使われた形跡が無いので、おそらく帰ってきてからずっと玄関に居たことになる。理由は分からないが。 分からないといえばそれ以上に、昨夜起こった出来事だ。 雀荘で絡んできたしつこい男とその仲間をまとめて片付けてきた話をすると、矢木の態度が急におかしくなった。 どうにも話がかみ合っていないような、そんな不自然さを薄々と感じているうちにいきなり突き飛ばされ、矢木は部屋を出て行った。 しばらく待っても帰ってくる気配が無く、自分も眠かったので2人分の布団を敷いて先に寝てしまった。 それから外で何があったかは知らないが、帰ってきた矢木は何故か玄関のドアに背をあずけて座っていた。 そんな体勢で眠ったら首が痛くなりそうだ。 とにかくこのままでは外に出られないので、矢木の頬を軽く叩いて起こす。 閉じていた目がうっすらと開き、何度か瞬きをすると正面の赤木を見てようやく矢木は口を開いた。 「……赤木?」 「何やってんのあんた、布団まで歩けないほど疲れてたのかい」 「いや、別に疲れてたとかそういうわけじゃねえんだ……」 「いつまでもそんなところに座ってないで、中に入れば」 歯切れの悪い矢木を問い詰めようとはしなかった。 朝が来て用済みになった2人分の布団を畳んで押入れに詰め込んだ後も、矢木はまだ玄関に腰を下ろしたままだった。 「突き飛ばしたりして悪かった。肩、大丈夫か?」 「まあね」 突き飛ばされた時は尻餅をついただけだったので、傷を負った肩に負担はかからなかった。 本気で怒った顔をしていた矢木は、いつ殴りかかってきてもおかしくない雰囲気だった。 「俺、お前の話聞いて勝手に勘違いしてたんだ」 「勘違い?」 「絡んできたっていう連中が、お前を」 「あいつらが俺を輪姦したとか、そういうことだろ」 矢木が俯いたのを見て、赤木は低く笑った。とんでもない目に遭ったはずなのに平気な顔をしていたのが気に障ったのか。 おかしな連中に絡まれるのは慣れているので、今更辛いとも悲しいとも思わない。片付けた後は、存在すら忘れてしまう。 もしかすると赤木のことを心配してくれていたのだろうか。以前の警戒心丸出しの頃からは考えられないが。 「お前に言うことがたくさんあるのに、うまく言葉にならねえよ……」 「離れていた時間を埋めてくれれば、それでいい」 そう言って赤木は、冷えきった矢木の手を取って唇をそっと押し当てた。 「……お前の手、温かいな」 赤木よりも大きく厚いこの手は昔、当時は中学生だった赤木を安っぽいイカサマで陥れた。 しかし今は、かすかに震えて頼りない。赤木は普段から体温は低いほうだが、一晩中玄関で寝ていた矢木に比べれば当然温かいはずだ。 もっと触ってもいいか、という小さな問いかけと共に抱き締められる。いつもの態度からは想像できない甘い言葉が、どこかくすぐったい。 抱き締める強さに応えるように、赤木もその広い背中に両腕をまわした。 |