終わらせない 『俺が何を言おうと、どうせお前は平気な顔して笑えるんだろ……』 何を言われても平気な人間なんて存在しない。 そんなことは、よく考えなくても分かるはずなのに。 薄暗い部屋の中、赤木と矢木は互いに背を向けて寝ていた。 赤木の布団はいつも通り、すぐ隣に敷いてあるのに今日に限っては遠く感じる。 何分、何十分経ってもなかなか眠れない。 矢木さんが欲しい、と言われた瞬間の驚きは未だに覚えている。 その言葉の意味が分からないほど子供ではない。しかし、20も年下の赤木に自分が抱かれる光景は想像できず、ただ戸惑うばかりだ。 抱き合ったり、唇を重ねるだけなら以前より抵抗はなくなったものの、それ以上を求められると一体どうしたら良いのか。 身体の奥に触れられ、女のように喘がされるのは恥ずかしい。もしそうされたら、自分がどうなってしまうのか分からなくて恐ろしい。 たちの悪い冗談に違いないという考えは、押し倒された途端に脆く吹き飛んだ。 自身を守りたいがために、非情な言葉や態度で赤木を傷付けてしまったのだ。 「……矢木さん、起きてる?」 背後から聞こえてきた赤木の声で、我に返る。 赤木も眠れなかったのだろうか、と考えていると。 「俺、明日になったら出て行こうと思ってる」 「えっ……?」 「別に嫌いになったわけじゃないけどさ、ここに居ても同じことを繰り返すだけだろ。あんたと本気で争うつもりはないし。しばらくしたらまた顔見せに来るから」 予想すらしていなかった展開に衝撃を受け、頭が真っ白になった。 いくらなんでも出て行くことはないのに。今まで通り、ふたりで面白おかしく暮らしたい。 「赤木、俺は」 「もういいよ、矢木さん。おやすみ」 何がもういいのか、このままでは納得できない。本当に勝手な奴だ。 格好悪いところは今までにも散々見られている。 朝を迎えて赤木が出て行ってしまう前に、聞いてほしいことは全て口に出してしまいたい。たとえ言い訳がましくなったとしても。 寝返りを打つと、赤木の背中に向かって言葉を紡ぎ始める。 「……初めて会った時からお前は、普通のガキじゃなかったよな」 ヤクザの竜崎を苦しめている、麻雀初心者の中学生。それが雀荘から連絡を受けた時、1番最初に知った赤木の情報だった。 実際に顔を合わせた赤木は確かに、その目の奥に普通ではない何かを宿していた。 かなり早い段階から竜崎の大三元を予感して、子供の発想とは思えない奇策で見事に封じた。 初心者特有の隙はあったものの、決して誰にも振り込まない。 卓を囲んでいた竜崎の部下達と共に赤木を陥れようとした矢木は返り討ちに遭い、代打ちとしてのメンツを潰された。 あれから6年間ずっと赤木を恨んでいたはずが、再会してからはいつの間にかその存在が心地良いものとなった。 一緒に過ごすことが、楽しいと思えるようになったのだ。 そんな毎日を、このまま終わらせたくない。 「お前はいつも落ち着いてるし、気持ちを隠せない俺なんかよりずっと大人だよ。だから俺はきっと、どこかでお前に甘えてたのかもしれねえな。優しくできなくても、素直になれなくても……ひどいことを言っても許されるって勘違いしてたんだ」 赤木は一言も返してこない。もう寝てしまったのかもしれないが、それでも矢木は言葉を止められなかった。 6年前は赤木を過小評価しすぎて身を滅ぼした。そして数時間前は、逆に過大評価しすぎて失敗した。 どんな時でも動揺せず、無駄に騒いだりもしない。そんな赤木と一緒に居るほど、感情が表に出やすい自分が情けなく思えてくる。 過大評価というよりは、全ては矢木の勝手な思い込みだった。 身も心も研ぎ澄まされた刃物のように鋭く強い赤木なら、たとえ何を言われても決して傷付くことはないだろう、と。 かつて勝負に敗れた立場として感じている羨望や嫉妬が、無意識にそうさせる。 相手にしているのが20歳にも満たない子供だということを、つい忘れてしまうのだ。 「これからは大人として振る舞えるように努力する。だから、出て行くなんて言うなよ。でも抱くとか抱かれるとか、そういうのはまだ……怖いっていうか、なんだか想像つかねえから、もう少しだけ待たせることになるけど……」 それ以上は上手く続けられず、言葉を切った。矢木を抱きたいと言う赤木の要求はまだ飲めないが、そばには居て欲しい。 考えてみれば随分都合の良すぎる言い分かもしれない。 数時間後に朝が来れば、赤木はこの部屋を後にする。何も変わらなければ、これが最後の夜になってしまう。 しばらくして赤木はゆっくり起き上がると、矢木の布団に潜り込んできた。 密着するかしないかという微妙な距離で、互いの身体が近づく。 「人間なんて、そう簡単には変われないさ」 「お前なあ、はっきり決め付けなくてもいいだろ」 「あんたがどうやって大人になるのか、ちゃんと見届けてやるよ。この部屋で、これからも」 すぐ近くに、髪の香りと馴染んだ体温を感じる。 それらがどうしようもなく愛しいものに思えて、赤木の頭を撫でると胸元に抱き寄せた。 |