離れていても 稲田組に身を置いてから、数日が経った。 特に不自由もなく、かと言って何らかの刺激があるわけでもない。 毎日包帯を替えに来る黒服はよほど無口で生真面目なのか、必要外のことは一切喋らず、 淡々と仕事を済ませるとすぐに部屋を出て行く。この繰り返しだ。 そして未だに鷲巣からの連絡は無し。 正直かなり退屈だった。こうして畳の上に寝転んで煙草を吸いながら、延々と待つばかり。 1度引き受けた勝負を捨てる気は無いが、このまま放っておかれるのではないかという考えさえ浮かんでくる。 もう夜を迎えたせいか、赤木が居る和室も薄暗くなってきた。 視線を天井から少しずらすと、部屋の隅に電話が置いてあるのが見えた。 外へは通じるのだろうか。だとすると、退屈を紛らわせるにはちょうど良い。 重い受話器を取り、すぐ頭に浮かんだ番号を回す。 無機質な呼び出し音がしばらく続いた後、途切れた。 『はい』 低く、無愛想な声。聞き慣れているそれは、どこか懐かしく赤木の耳に届いた。 「もしもし、俺だよ。分かる?」 『赤木か?』 わざわざ名乗らなくても、寸分の迷いもなく言い当ててくる。 あれだけ一緒に過ごしていれば当然のことだが、赤木は表情を緩めた。 「久しぶりに、あんたの声が聞きたくなってさ」 『今、どこに居るんだ』 「安岡さんの知り合いが若頭を務めてる、ヤクザの屋敷。退院してから、すぐこっちに来た」 『まだ終わってねえのか……』 受話器の向こうで、ため息が落ちる。 訊ねるまでもなく、その言葉の意味はすぐに分かった。 ヤクザに肩を斬られて入院した時、赤木はこの男を呼び出して今後のことを話した。 決意は固まっていたので、たとえ反対されても考えを改めるつもりはなかった。 しかし、話を聞いた男の顔が苦々しいものになったことを覚えている。赤木が鷲巣と戦うことを快く思っていないのだ。 鷲巣は、何件もの若者殺しを豊富な財力でもみ消してきた犯人。 誰かの代打ちではなく正真正銘、赤木しげる個人としての戦いだった。そして賭けるものの予想はすでについている。 負けた後に行き着く先はひとつしかない。 『なあ赤木、今度の奴にもし負けたら……やっぱり死んじまうのか?』 「死ぬ時が来たなら、その時は死ねばいいだけの話さ」 『お前は本当に、自分を惜しまねえんだな』 「それは前に俺と戦ったあんたなら、とっくに分かってるはずだけど?」 赤木は6年前の夜、卓の向こう側に居たこの男が、惨めに壊れていくのを眺めていた。 人の心を見透かすのは容易い。それを自分の思い通りに導いていくことも。 「最近、俺が居なくて寂しいだろ?」 『なっ……何言ってんだ、勝手に自惚れやがって』 「ふーん、そんなこと言っていいのかな。勝った後も、あんたのところには帰らないかもね」 『おい、どういう意味だそれ!』 こうして離れていて顔が見えなくても、言葉ひとつで相手の顔色が落ち着きなく変わっていくのが想像できて、たまらなく可笑しかった。 家へ気楽に転がり込めて、からかって遊べて、軽口を叩き合える。 そんな面白い男を、簡単に手放すわけがない。 いつもひねくれたことばかり言うこの男は、もし今度の勝負で赤木が負けて死ぬようなことがあったら、 悲しむだろうか。それとも……。 あんたこそ、自惚れてもいいんじゃないの。 決して声には出さず、赤木は胸の内でそう呟いた。 |