晴れた日の午後に



○月×日。
気分、最悪。


***


「赤木、進路どうすんだよ」
「やれやれ、またその話か。あんたもしつこいね」

苦笑しながら肩をすくめる赤木を見て、矢木は大げさにため息をついた。
休み時間、久しぶりに天気が良かったので屋上へ来てみたら、そこには先客としてクラスの問題児・赤木しげるが居た。
赤木は19歳でも高校生だ。別にそんなことはどうでもいいが、授業の時は楽しそうに人の揚げ足を取ってくるので、正直言うと苦手な生徒だった。
常にやる気があるのかないのか微妙な態度のくせに、成績はいい。とんでもない曲者だ。
ズボンのポケットに手を突っ込んだ矢木がフェンスにもたれかかると、赤木も同じようにした。

「この時期に進路はっきりしてねえの、クラスでお前だけだぞ」
「それって教師として心配してんの、それとも」
「教師じゃなきゃ、お前に関わろうなんて思わねえよ」
「……あっそう」

どこか冷めた返事。赤木は制服の上着から出した煙草のパッケージから1本を抜き、火をつける。
次の授業を担当している体育教師の南郷はお人好しで特に赤木には弱いので、煙草の匂いに気付いて注意したとしても、どうせ上手く丸め込まれてしまうだろう。
この前は隣のクラスの担任である安岡が、やたら熱心に赤木を雀荘に誘っているのを目撃した。 赤木は用事があると言って断わっていたが、何かあった時に責任を問われるのはこっちなのだから、おかしなことには誘わないでもらいたい。 こうして生徒の喫煙を見て見ぬふりをする自分もどうかと思うが。
赤木との付き合いは、実はあまり長くはない。数ヶ月前に辞めた竜崎という教師の後任として、今のクラスを担当することになったからだ。
竜崎も赤木に散々いびられたらしく、辞める頃には半ばノイローゼ気味になっていたという。 まともな神経で赤木の相手が務まるはずがないと、矢木自身もそう思い知らされた。
教師をいつまで続けられるかは分からないが、せめて赤木が卒業するのを見届けてやりたい、という気持ちがどこかにあった。 後任である自分がその役目を果たせば、ぼろぼろになるまで苦労した竜崎も浮かばれる気がする。まだ生きているが。

「進学か就職か、せめてそれだけでも教えろ」
「さあね」
「はっ?」
「今は教える気分じゃないんで」

完璧になめられている。自分は尊敬されるような立派な教師ではないが、まさかここまで軽く見られているとは。

「でも、あんた個人として気になるっていうなら教えてもいいぜ」
「何わけ分かんねえこと言ってんだお前は」
「まるで白痴だな、矢木センセ」

そう言って低く笑った赤木は、自然な動作で顔を近づけてきた。
意外に睫毛が長いな、とのんきなことを考えている隙に唇を奪われる。
やわらかく重なっただけのキスだったが、離れた後も数秒は身動きが取れなかった。

「卒業したら、あんたの家に住もうかな」
「進路でも何でもねえだろ、それ」
「俺にとってはちゃんとした進路だけど?」

永久就職。
そんな単語が頭に浮かび、チャイムの音を聞きながら矢木はひとりで青ざめた。




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2006/7/8