苦痛と快楽 「お宅の息子さん、よく夜中に遊び回ってるみたいだけど」 夕方、帰宅してアパートの階段を上ろうとすると誰かに声をかけられた。 振り返ると1階に住んでいる主婦だった。顔を合わせると挨拶くらいはするが、それだけだ。 相当な詮索好きらしいので、ヤクザの代打ちだった過去や赤木のことを突っ込まれないように、矢木は常に警戒して接している。 しかし矢木がいくら気を付けていても、それを完全に防ぐことはできない。世間の目を全く気にしていない、あの赤木が家に出入りしている限りは。 それにしても息子というのは、赤木のことを指しているのだろうか。矢木とは顔も全く似ておらず、赤木本人が聞けば大笑いするに違いない。 「最近は物騒な事件も起きてるし、お父様にはしっかり躾をしてもらわないと」 「はあ……すみません」 本当の関係を説明するわけにもいかず、そう言ってごまかした。こういう性格の相手には、余計なことを言わないでいるのが1番良い。 赤木が夜遅くに訪ねてくるのはいつものことで、矢木は全く気にしていない。朝起きた時に居なくなっていても、仕事が終わって帰宅した時にいつの間にか家に居ても、 それもまたいつものことだった。ただ、世間から見ればそれは異常らしい。朝はともかく、夜中に出歩く中学生など不審な存在以外の何物でもないだろう。 これからは気を付けます、とだけ言い残して矢木は主婦から逃げるように階段を駆け上っていった。 玄関のドアを開けると、学生服姿の赤木が畳に寝転がってラジオを聴いていた。テレビがないため、ラジオは新聞と共に貴重な情報源だ。 先程指摘された件で赤木に説教する気は起きなかったが、苦手な人間を相手にしたせいで少々疲れた。靴を脱ぎながら思わず重いため息をついてしまう。 それに反応したのか赤木はラジオの電源を切り、矢木のほうを向いた。 「そういえば階段のところで、おばさんに声かけられたよ」 「もしかして下に住んでる、少し化粧の濃い人か」 「そうそう、あまりお父様を心配させるんじゃないよって」 矢木だけでなく赤木にも声をかけたのか。ますます油断ならない。 「お父様って、矢木さんのこと言ってたのかな」 「そうらしいな、赤木が俺の息子だと思ってるみたいだ」 「実は赤の他人どころか、セックスまでしてる仲なのにね」 赤木はそう言って小さく笑った。今更それを否定することもできず、矢木は何も言わずに上着を脱ぎ捨てる。 赤木が余計なことを言わなかったかどうか、一瞬だけ不安になった。 後ろめたい行為をしていなければここまで恐れる必要はなかったのだが、やってしまったものは仕方がない。しかも今後も、赤木がこの家を訪れる度に抱いてしまうだろう。 赤木がもう抱かれたくない、と言うなら綺麗に諦められる……がどうかは、あまり自信がなかった。 「あんたに抱かれるの、好きだよ」 そんな赤木の一言で、買ったばかりの電気冷蔵庫からビール瓶を取り出そうとした手が止まった。まるで考えていた内容を読み取ったかのような言葉だった。 「……な、何言い出すんだ急に」 「何だかんだ言って優しいし、強引に突っ込んだりしないから。痛いの嫌いなんだ」 普段は可愛げのないことばかり言ってくる赤木に対して、意識して優しく扱った覚えはない。誘ってきたら乗るが、嫌がっているなら無理強いはしない。 それでも再会したばかりの頃よりは、刺々しい態度は取らなくなった。赤木の軽口に笑いを見せる余裕が出てきたのも、確実に心を許し始めた証拠だと思う。 「もし俺が、痛がるお前を見て興奮するような奴だったらどうするんだ」 「さあどうだろうね……矢木さんは、いやらしく乱れた俺を見て興奮する人みたいだからさ」 この様子だと、もうとっくに性癖を見抜かれているのだ。赤木が痛がる姿を見ても辛いだけで、気分が盛り上がることはない。 そういう趣味の人間もどこかには居るのだろうが、自分は当てはまらないと断言できる。相手が赤木ではなくても同じだ。 「矢木さん、さっきから冷蔵庫開けっ放しだよ」 いつの間にか考え事をしたまま固まっていた。冬だというのに正面から冷気をまともに浴び続けて、身体が冷えてしまった。 こうなると冷たいビールではなく、多少の手間はかかるが熱燗の気分になってくる。 冷蔵庫を閉めて立ち上がろうとすると、赤木が背後から抱きついてきた。 「今から試してみる? 痛がる俺を見て気分が盛り上がるかどうか」 甘い囁き声でとんでもないことを提案してきた赤木は、矢木の背中を更に強く抱いた。赤木の気まぐれに振り回されるのは慣れているが、今回ばかりは付き合いきれない。 「痛いのは嫌いなんだろ、自分で言ってたじゃねえか」 「もしかしたら意外に燃えるかもしれないよ」 「いい加減にしろよ、お前」 赤木の腕を力任せに振り払い、畳に突き飛ばした。苦痛の声が上がるのも構わず、矢木は細い身体の上に覆い被さる。 こちらを静かに見上げてくる赤木の性器を、ズボン越しに何度も撫でる。指先で引っ掻くように刺激を与えてやると、赤木は息を乱し始めた。 もどかしそうに腰を小さく動かす様子を眺めながら、やはりこうして気持ち良さそうにしているほうがずっとその気にさせられると思った。 |