悲しい夜を止めて





ふたつに折った座布団を枕に寝転がっている赤木と、偶然に目が合った。
そろそろ日付が変わろうとしているこの時間、ラジオの電源も切っているので部屋は恐ろしく静かだ。
無防備な体勢の赤木を見ていると妙な気分になる自分が情けなかった。同じ男とはいえ、中学生に欲情するようになってしまっては どうしようもない。しかも、すでにそういう関係になってしまっている。一生憎み続けてもおかしくない相手なのに。

「おい赤木、寝るなら布団行けよ」
「俺がどこで寝ようが、矢木さんには関係ないだろ」
「可愛くねえな……」

相変わらずな返事に舌打ちする。しかしこのまま放っておくわけにはいかないので赤木に近づくと、布団まで引きずっていこうとした。
普段はこちらを見下して馬鹿にした態度のくせに、身体を重ねている時は子供らしい表情を見せたりもする。 縋りついてくる腕に、熱っぽく掠れた声に、心を揺さぶられてしまう。そんな乱れた姿をもっと見たくなり、赤木を抱くことに夢中になるのだ。
もしかして今夜も赤木と……そんな甘い予感で胸が満たされる。いつもは赤木から誘ってきて矢木がそれに乗る、という流れだが、 たまにはこちらからきっかけを作ってみるのも悪くない。ゆっくりと赤木に覆い被さると、少し驚いたような目が向けられた。

「どうしたの?」
「いや、別に深い意味はねえよ。ただ何となく」
「変なの」

赤木、と呟きながらその頬に手を伸ばした途端、素っ気なくかわされた。
予想もしていなかった展開に愕然となる。身体中の体温が下がっていくような気分だ。

「悪いけど今は、そんな気分じゃないから」

突き放すような冷めた口調で言うと赤木は身を起こし、敷いてある布団に入ってしまった。
行き場をなくした手を、矢木は慌てて引っ込める。悔しさと恥ずかしさでおかしくなりそうだ。全て、なかったことにしてほしい。 しかし赤木も人間なのだから、そういう気分ではない時もあって当然だ。決して、傷付いてなどいない。
服を脱ぎ捨て、電気を消すと赤木と同じ布団に入る。もう眠ってしまっているのか、規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。 あんなことを言った後でも赤木は、寝返りを打つと矢木に身を寄せてその体温を伝えてくる。 こういうところが卑怯だと思う。こちらはいくら意識しても手を出せないというのに。せめて背を向けて寝てくれれば良かったものを。
狭い布団の中で、赤木の背中に手が触れた。ずっと腰までたどっていくと、その細さに息を飲んだ。 行為の最中、この腰を掴んで後ろから揺さぶっている光景が頭によみがえってくる。白いシーツを掴む赤木の指、押し殺したような喘ぎ声。
思い出していくだけでたまらなくなり、矢木は赤木を起こさないようにそっと布団を抜け出した。便所のドアを閉め、内側から鍵をかける。
このままでは眠れそうにない。壁に背を預けて下着の中から性器を露わにすると、そこは硬く勃起していた。
複雑な気分だった。赤木に拒まれて密かに落ち込んでいたというのに、この身体はどこまでも愚かで正直だ。憎らしいほどに。
荒くなる呼吸を抑えて、昂ぶる性器に指を絡めて扱き始めた。


***


再び布団に潜り込むと、赤木が小さく声を上げた。起こしたか、と気まずい気分になりながらも黙って目を閉じる。
抱かれている最中の赤木を思い出しながら自慰をしていたとは、絶対に知られたくない。
しかしこれで、ようやく静かに寝られる。

「……抜いてきたの?」

急に聞こえたそんな言葉に、心臓さえ止まりそうだった。精液を受け止めた手も念入りに洗ってきたのだから、普通なら分かるはずがない。

「べ、別にいいだろ。何が悪いんだよ」
「やっぱりそうなんだ、冗談で言ったんだけど」
「えっ……」

墓穴を掘ってしまった。これでは何をしてきたのか、自分から報告したようなものだ。
赤木が小さく笑い声を上げている。自分はまたしても稚拙な策略に引っかかってしまったのだと気付いた。

「本当はさ、俺を抱きたかったんだろ。無理矢理にでも奪えば良かったのに」
「あのな、いくら何でもそこまで飢えてねえよ」
「そうかな……?」

囁くような声で言うと、赤木は布団の中で手を伸ばして矢木の股間に触れた。たまっていた情欲を全て吐き出した性器は萎えていたが、 柔らかく握られているだけで再び力を取り戻しそうになる。

「そんな気分じゃないなら、やめてくれよ」
「あんたの沈んだ顔を見てたら、そんな気分になってきた」

下着越しに性器を強く扱かれて混乱した。赤木の心が分からない。素っ気なく拒んだかと思えば、手のひらを返したかのように挑発してくる。
何度も付き合わされた赤木の気まぐれには慣れたはずだったが、さすがに今回は違った。
このまま素直に誘いに乗ることはできない。

「いい加減にしろ!」

深夜だということも忘れて、矢木は身を起こしながら怒鳴った。点けた電気の明かりが、暗闇に慣れた目を眩しく刺激する。

「まあ……お前が人の心を弄ぶのが好きだってことは、あの勝負で思い知らされたけどな」

こちらも麻雀素人の赤木に対してイカサマを仕掛けて陥れたという事実があるのだが、あえてそれを棚に上げた。
赤木は静かな表情で矢木のほうを見ている。もう笑いは浮かんでいなかった。

「でも今は本当にお前を大事にしたくて、少しくらい振り回されても我慢するつもりだった」
「……矢木さん」
「そういう気持ちも、あっさり裏切られたってわけだ」

心の奥底から生まれた薄暗い感情に支配されながら赤木の腕を掴み、強引にこちらへ引き寄せた。


***


矢木の足元に両膝をついた赤木が、股間に顔を埋めていく。柔らかな唇が性器に触れた途端に興奮が高められた。
頭を押さえつけて急に根元まで咥え込ませると、赤木は苦しそうに眉を寄せる。酷いことをしていると自覚していても止められない。

「お前はいやらしいガキだから、こうされるのが好きなんだろ……?」

非情な言葉を投げ付けても、赤木は文句ひとつ言わずに行為を続けた。先端の割れ目を舌先で抉った後、まるで搾り取るように吸い上げる。
しかし普段なら数分も経たないうちに硬く反り返るはずの性器は、未だに萎えたままだった。
赤木のやり方がまずいわけではなく、多分これは心から望んだ展開とは違うからだ。
今夜は性欲をひとりで処理して大人しく過ごすつもりが、いつの間にか悪い方向へ捻じ曲がってしまった。
自慰を覚えたばかりの子供にこんな馬鹿げたことをさせて、身も心も満たされるものか。
腰を引いて、赤木の口から性器を抜いた。唾液に濡れたものが、力なく下を向いたまま露わになる。 これ以上、何時間かけても再び勃ち上がることはない。

「まだ終わってないよ?」

淡々と呟く赤木を見ていると泣きたくなる衝動を堪えながら、矢木も膝をついて赤木と目線を合わせた。

「……もういい、俺が言い過ぎた。ごめんな」

こんな謝罪の言葉ひとつで許されるとは思えないが、今はこれが精一杯だった。
赤木が気まぐれな性格であることくらい、最初から分かっていたはずだ。それでも家に泊まらせ、少しずつ心を許して身体を重ねた。
白い髪を撫でて、赤木を抱き締める。こんなに悲しく辛い夜は、もう終わりにしたかった。

「ところで矢木さん、さっき言ってたのって本当?」
「さっき?」
「俺を大事にしたい、って」

勢いで言ったことを思い出してみて、恥ずかしさで顔が熱くなった。
細い赤木の肩に顔を埋めても、全て見透かされているような気がする。電気を消した後なら、この情けない姿を見られずに済んだのに。




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2007/5/16
タイトル元ネタ曲/河合その子「悲しい夜を止めて」(1986年)