清く淫らな香り 銭湯を出ると、少し肌寒い空気が身体に触れた。 このままだとふたり揃って湯冷めしてしまう。こんな日は寄り道せずに真っ直ぐ帰るに限る。 石鹸やタオルの入った洗面器を抱えているほうとは逆の手を差し出すと、赤木は素直にそれを握ってきた。 まだ暗くなっていないうちから外で手を繋ぐなんて、以前では考えられないことだった。しかし今ではこうして、矢木のほうからそれを 望むようになった。 通りすがりの他人から見れば、どういう関係に思われるだろうか。年齢差から考えると親子というのが1番有り得るかもしれない。 血の繋がりは一切なく、しかも毎晩のように激しい性行為をしている仲だとは誰も思わないだろう。赤木から誘う時もあれば、こちらから 求める時もある。再会したばかりの頃のように、相手が子供だからと言ってためらう気持ちは微塵もなくなった。 まだ男として成長しきっていない細い身体と、なめらかな肌。それらを夢中で貪っていると、まるで飢えた獣のような気分になる。 「気持ち良かったね、矢木さん」 「そうだな、家にも風呂が付いてれば好きな時間に入れるんだけどな」 「違うよ、一緒に身体洗ってる時のことだよ」 赤木はそう言って、意味深な笑みを浮かべた。石鹸で泡を立てていると、隣に居た赤木に押し倒されて迫られたのだ。周りに人の気配が なかったのをいいことに、誘いに乗ってそのまま身体を重ねてしまった。清潔な石鹸の匂いと、密着するたびに感じたぬるぬるとした感触。 そして浴場に響いた赤木の甘い喘ぎ声。まさか公共の施設で、あんな行為をする羽目になるとは思っていなかった。 頭と身体を拭いた後、番台に座っていた老人の視線を避けるように慌てて出てきた。何事もなかったように平然としている赤木の腕を引っ張りながら。 出てくる時には何も言われなかったが、一部始終を見られていたらと思うと血の気が引いていく。 アパートから1番近くにあるので毎日通うのには最高の銭湯だが、しばらくは気まずくて行けそうにない。 「もしかして今日持ってきた石鹸、今までとは違うやつ?」 「よく分かったな、いつものが売り切れてたから変えたんだよ」 「ああ、やっぱりね。俺この匂い好きかも」 「石鹸なんてどれも一緒だろ……大して違わねえよ」 前方に目を向けたまま言うと、急に立ち止まった赤木が繋いでいる矢木の手や腕に顔を寄せてきた。最初は何をしているのか分からなかったが、 少し経ってそれらの匂いを嗅いでいることに気付いた。 いつも柔らかい唇も、肌に触れるか触れないかの位置まで近づいている。 矢木は身体を屈めて赤木の首筋に顔を埋めた。いくら嗅いでも今までの石鹸との匂いの違いは分からないが、赤木自身の匂いをかすかに 感じて胸が熱くなった。 更に調子に乗って首筋にくちづけて舌先を這わせると、赤木は呼吸を乱して矢木の頭と背中に腕をまわしてきた。 「ねえ、まだ勃ちそう?」 「えっ?」 「アパートに帰ったら、またやりたい」 「ばっ、馬鹿野郎! 今日はもうできねえよ」 13歳にしてすでに悪魔じみている赤木は、こうしていつも矢木を振り回す。初対面の夜に行われた勝負に比べれば、これはまだ可愛いほうだが。 銭湯で射精してから1時間も経っていないのに、いくら何でも無理だ。終わった後は寝転がっていたいという望みも銭湯では叶わず、 重い疲労の残る身体で飛び散った泡や精液の後始末をして出てきたのだ。性交を覚えたばかりの赤木の若さにはついていけない。 そう思いながらため息をつくと、赤木を人目につかない建物の陰に連れて行って唇を奪った。 少し開いたそこに強引に舌を滑り込ませ、濡れた音を立てながらしつこく赤木の口内を動き回る。 うまく飲み込めなかった唾液が赤木の口の端から細い筋を描いて溢れていくのを、視界の隅で矢木はしっかりと捉えた。 やがて解放した後、頬を上気させて胸元にしがみついてくる赤木を抱き締めた。 「矢木さん、急にどうしたの」 「今日はもう勘弁してくれよ、な?」 「うん……分かった」 とりあえず納得したらしい赤木の髪に触れ、優しくなだめるように何度も撫でた。 |