きずあと



赤木の傷を覆っているガーゼを、ゆっくりとはがしていく。
ガーゼの下から現れた肩の傷はしっかりと縫合されていたが、やはり見ているだけで痛々しかった。 賭場で付けられたという刀傷がまだ完治していない、そんな身体で命がけの麻雀勝負をしてきたのだ。
ぬるめの湯につけたタオルを洗面器の上で絞ると、矢木はこちらに向けられた裸の背を丁寧に拭いてやる。
この状態だとしばらく銭湯には行けず、拭いた後は傷口を消毒する必要もあった。
別に頼まれたわけではなかったが、包帯を巻いた上半身を見てしまうと放ってはおけず、赤木も変な遠慮はせずに身を任せてきた。

「まだ痛むのか?」
「多少引きつるような感じはするけど、我慢できないほどじゃない」

勝負の時はそんなことを気にしちゃいなかった、と言いながら赤木は煙草の煙を軽く吐き出した。 久しぶりに会ったものの、肩に刻まれた大きな傷以外は何ひとつ変わっていない。

「実は勝負の最中に、1度は死にかけたんだよね」
「……うそだろ」
「事前にちょっとした仕掛けを施していたおかげで、助かったけど」

そんなことを、赤木はあっさりと言う。
こちらに背中を向けているので顔は見えないが、浮かべているのはきっと普段通りの憎らしいくらい余裕の表情だろう。
負けたら死ぬこと以外、勝負についての詳しい情報は聞かされていない。 何人もの若者を葬り去ってきたという金持ちの男と、一体どのような勝負を繰り広げてきたのか。
赤木がこうしてここに居るということは、勝利を収めてきたということだ。
相手が誰であろうと、赤木が麻雀で負けるというのは想像がつかない。 過去に代打ちとして使い物にならない身にされた立場としては、余計にそう思う。 しかしそれを今更恨んでも仕方がない。 矢木にとっては人生を狂わされた屈辱の一夜だったが、赤木にとっては乗り越えてきた数々の勝負のうちのひとつでしかないのだから。
とにかく、赤木が生きて帰ってきて良かった。本人を目の前にして大げさに喜んだりはしなかったが。 再びこの家を訪ねてきた赤木を、作りたての夕食と共に迎えた。
部屋の隅に無造作に放り投げてある赤木の古い鞄には、はちきれんばかりの何かが詰め込まれている。中身についてはあえて訊かなかった。

「あんたは、俺が負けると思ってた?」
「お前がそうなるなんて、想像できねえよ」
「俺だって人間なんだから、いつか麻雀で誰かに負けたり……死んだりもするさ」
「そういうふうにさ、何でもないことみてえに死ぬなんて言うな」

小さく呟くと、赤木の低い笑い声が聞こえてきた。肩が小刻みに揺れている。

「なんだよ、そんなにおかしいか」
「いや、似合わないなって思って」
「うるせえ奴だな、ちょっと黙ってろよ」

消毒を終えて、清潔なガーゼを傷に当てた。それをテープで止めて、包帯を巻き直す。
明日にでも新しい包帯を買ってこなくては。
ほら終わったぞ、と言って赤木の背中を軽く叩いた。救急箱に消毒薬をしまって顔を上げると、赤木の顔がすぐ近くに迫っていた。 やわらかく触れ合った唇が、渇いていた心を満たしていく。なるべく自覚しないようにしていたが、赤木が居ない間はずっと不安定だった。

「もしあんたが同じように怪我でもしたら、俺が身体拭いて消毒してやるよ」
「お前が? うわっ、すっげえ不安なんだけど」
「大丈夫だから、俺に全部任せとけって……」

真っ白な包帯を巻いた肌を晒したまま、更に迫ってくる赤木。まるで獲物をとらえた獣のような笑みが深くなった。
自分はこの男の強さ、そして恐ろしさを知っている。それでも。
せめて赤木の傷がふさがるまでは、できる限りのことはしてやろうと思った。




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2006/9/28