見透かされた心 よく考えてみれば、こうなった原因はそんなに大したことではない。 しかし先に折れて謝ったほうが負けだとか、つまらない意地にせき止められる。 矢木は畳に腰を下ろしたまま、赤木に背を向けた。 この場を去るのが1番いい方法だが、あいにくここは自分の家。出て行ったところで、行き場はない。 似たような状況が今までにも何度かあったが、赤木は怒らない。それどころか、不愉快そうな顔ひとつ見せたことがない。 相手が牙を剥かないせいで、時間が経つにつれてこちらの戦意も怒りも薄れていく。 ……相変わらず、腹立たしいほど冷静な奴だと思う。 決して感情が欠けているわけではなく、それをめったに表側に出さないだけだ。 まるで赤木は、静かな海のようだった。自分はそれに飲み込まれている。昔も、そして今も。 こちらが熱くなっている時、赤木は落ち着いた調子でそれをなだめる。しかも巧みに。 いつの間にか、2人の間にはそういう役割分担が出来上がっていた。 「どうしようもなくなった時に出る、あんたの癖だよね」 「癖?」 「ちょうど今みたいに、俺に背中を向けるのが」 「勝手に決めんな……いい加減なこと言いやがって」 「何を今更。あんたのことならもう、全部お見通しだよ」 赤木の言うことは間違いではない。 共に過ごしているうちに身も心も全て晒してしまったことが、時折恥ずかしくなる。 できれば隠しておきたかった、みっともない部分まで知られているのだ。 いくら強がって見せようとしても赤木の前では全て暴かれ、崩されてしまう。 年齢的に赤木の倍は長く生きているのに、これではどちらが大人か分からない。 「まあとりあえず、こっち向けば」 「うるせえよ、俺に構うな」 「本当は構ってほしいから、そういう態度取るんだろ?」 こうして背を向けていても、わがままな子供を余裕でなだめている母親のような赤木の表情を想像してしまう。 落ち着いている向こうのほうが、何枚も上手というわけだ。 「矢木さん……」 「何だ」 「好きだよ」 「っええ!?」 あまりにも驚いて、思わず振り向いてしまった。 その先に居る赤木の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。 嫌な予感を覚えたが、もう遅い。 「ああ、やっとこっちを見た」 「ちょっ、待っ、何だ今の……!」 「あんたの、そういう困った顔を見るのが好きだってこと」 「……おい、汚ねえぞ。騙したな」 「どこが? 別に嘘を言ったわけでもないし」 平然としている赤木に舌打ちすると、せめてもの抵抗として目を逸らす。 この油断ならない男の口から出たとは思えないほど甘い言葉に、動揺を隠せなかった。 もう離したくない、失いたくないと思っていても、それをずっと伝えられずにいる。 そんな自分はかつての赤木から評価された通り、麻雀の打ち方同様に相当ひねくれているのだろう。 「もしかして別の意味、想像してた?」 「知らねえよ、そんなの!」 「それ、答えになってないんだけど……ま、いいか」 伸びてきた赤木の指先が右の目蓋に触れ、そのまま人差し指で少し強めに押される。 目を潰されるのではないかという緊張感が、矢木を襲う。赤木ならやりかねない、と。 「もう俺から目を逸らすなよ、矢木さん」 その淡々とした口調から、6年前のあの狂気を久々に垣間見たような気がした。 |