このままずっと朝まで





自分のアパートに帰らず、知人の家に泊まり続けて1週間ほどになる。
同じところに長々と居座っていては悪いので、何人かの家を渡り歩いていた。
家賃が払えなくて追い出されたわけではなく、アパートに帰って赤木と顔を合わせることが怖かったからだ。とにかく、冷静になる時間が欲しかった。
毎日押しかけてくるとは限らないが、最近は頻繁に出入りしていたので油断ならない。
度の過ぎた赤木からの誘いに耐え切れなくなった。憎いはずの相手なのに、日増しに心が揺らいできている。
このままだといつ赤木を抱きたくなるか分からない。痩せ気味の小さな身体を。
今の状態は逃げているようで情けないとは思う。しかし迫ってくる赤木にいくら言葉で拒否しても効き目がなかった。
実年齢は13歳の子供なのに、考え方はとても冷静でやけに大人びている。油断すれば丸め込まれてしまいそうなくらいに。
そろそろいいだろう、と何となく思った。赤木は矢木以外にも知り合いは居るだろうし、気まぐれな性格のようなので諦めて 他のところへ行っているかもしれない。
数日世話になった知人に別れを告げた後、夜の街を歩いて自分のアパートへ向かった。
この辺は治安が良くないので、運が悪いと矢木も絡まれる。中にはわざとぶつかってきて変な因縁をつけたがる連中も居るのだ。
酔っ払いを避けて歩いていると、数人の男達がひとりの少年を囲んでいるのが見えた。
囲まれている少年の姿が男達の隙間から見えて驚いた。着ているのはありきたりな制服だが、あの白い髪は間違いなく……。
思わずその名前を小さく口に出した時には、少年は乱暴に肩を押されながら人の流れが少ない通りに押し込まれていた。
男達はヤクザの黒服ではなく、いつも夜の街をうろついているチンピラ連中だ。
嫌な予感がして矢木はその後を追いかけていく。何事もなかったように見過ごすことはできなかった。

「赤木っ!」

そう叫ぶと、男達や少年が一斉にこちらを見た。

「矢木さん……?」
「お前、こんなとこで何やってんだよ。今はガキがうろつくような時間じゃねえぞ」

短い会話の後、男達は舌打ちしながらその場を去って行った。思わぬ邪魔が入って白けたのだろう。
普通なら巻き込まれてもおかしくないが、とりあえず運が良かったということにしておく。
残された赤木と目が合った。もう安全だと分かっていても、もう放っておけない。
赤木の手を取り、そのまま表通りに戻る。アパートに着くまで赤木は何も言わず、矢木もその手を離さなかった。
胸の奥からあふれ出してきそうな熱い気持ちを、必死で押しとどめた。


***


狭い布団の中、矢木は赤木と向き合って横になっていた。いかがわしい気持ちは一切なしで身を寄せ合う。
もうこの前のように背を向けたりはしないと決めた。胸元に赤木の息が触れてくすぐったい。

「家に帰る気が起きなくて、行くところがなかったんだ」
「そんなに家族と仲が悪いのか?」
「どこにでもある普通の家庭だよ。仲も悪くないけど、毎日が退屈だった」
「今から刺激を求めてどうすんだよ、普通でいいだろ」

何かを削り合うような勝負の味を覚えてしまった今では、平和で生ぬるい生活は赤木の肌に合わないようだ。

「学校ではこの髪のことを色々言う奴も居たけど、別にどうでも良かった。生きていればいつかはこんな色になるんだし、 俺の場合はそれが人より少し早かっただけさ」
「……お前、強いんだな」
「さあね、そんなの考えたことないよ」

静かな部屋で、赤木をどうしようもなく意識している。頼りなく揺れていた心は確実にひとつの方向へ傾きはじめていた。
自慰を教えたあの時、赤木にくちづけてしまった瞬間から何かが狂い始めたのだ。

「本当は俺、お前のこと抱きたいかもしれない」
「え?」
「でも歳の差とか考えたら抵抗あったし、少しの間会わなければ落ち着くと思った」
「あんたが言ってた種類の違う人間がどうのっていうのは、言い訳だったってこと?」

矢木が頷くと、赤木は深く息をついた。呆れたのかどうかは分からないが、決して良い気分にはならないだろう。
抱き寄せた赤木の髪に触れて、そっと頭を撫でた。限界まで身体が密着して、矢木の心臓が跳ねた。

「もし……家に帰りたくないなら、ここに居ろよ」
「この前と言ってること矛盾してない?」
「行くところがないからって外をうろついてたら、また変な連中に絡まれるだけだぞ」

赤木があんな目に遭ったのは、もしかすると自分が原因かもしれないと矢木は思った。
1週間ずっと逃げていたせいで行き場をなくした赤木は家にも帰らず、その結果夜の街をさまよっていたとしたら……。
チンピラに絡まれても怯えた表情ひとつ見せなかったのは凄いが、子供では乗り切れないこともある。 腕力で押さえ込まれたら最後だ。

「今日は疲れたから、あんたの言葉に甘えて泊まっていこうかな」
「ああ、そうしとけよ」

やがて赤木は腕の中で寝息を立て始めた。寝顔だけは年相応の子供らしい。
突然訪れた気持ちの変化に、自分でも驚いていた。このままずっと朝まで、誰にも邪魔されずにこうしていたい。
プライドを傷付けられ酷い目に遭わされた過去を全て流し、赤木を守りたいなどと柄にもない考えまで浮かんでしまった。




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2007/2/13