致命的ミス ああ疲れた。週明けの仕事というのは、何故こんなに疲れるのか。 代打ちを辞めて6年。ようやく安定した仕事に就けたものの、このリズムにはまだ慣れない。 派手好きな自分の趣味に合わない地味なスーツを着て、これまた地味な薄い鞄を持って。 様々な不満はあるが、生活のためなら仕方がない。耐えなければ。 うんざりしながら玄関のドアを開けた直後、ものすごく久しぶりに電流が走った。 赤木が畳に寝転んで、見覚えのある雑誌を興味なさげにパラパラとめくっていたのだ。 慌てて靴を脱ぎ捨てた矢木は、赤木の手から素早く雑誌を取り上げる。あまりにも必死だったので、息切れまでしていた。 「……おい、どこでこれを見つけたんだ」 「どこって、そこの棚の陰から」 「なんでもかんでも引っ張り出すな、暇人め」 「偶然見つけただけだよ、そんなに目くじら立てるなって」 その雑誌は水着姿の若い女が華やかに表紙を飾り、 『あの人気アイドルがついにここまで脱いだ!』や『限界ギリギリ魅惑の袋とじ!』など、 いかがわしいコピーが乱れ飛んでいる。 昔からこの手の雑誌はたくさん持っていたが、赤木が家に出入りするようになってからは惜しみながらも大半を処分した。 どう考えても一緒に女の話で盛り上がれるような相手ではなく、 きっとまた白痴だのやせた考えだのと、散々バカにされるのが目に見えていたからだ。 しかし、どうしても捨てられない秘蔵の写真集などの選び抜いた数冊は、外から見えないように大きめの袋に入れて厳重に隠しておいた。 決して趣味が合うわけでもないこの男と、一応こうしてコミュニケーションが取れているのが不思議なくらいだった。 過去を振り返りながら導き出した唯一の共通点といえば麻雀だが、こちらが牌を握れなくなった今ではわずかな意味すら持たない。 「偶然なんて嘘だろ。何か知ってたに決まってる」 「知ってたって言うか、予想はついてたからね」 「予想?」 「矢木さんが、秘密にしておきたいものを隠しそうな場所の予想さ」 「いくらなんでも、そんな簡単に……有り得ねえ」 「あんたのことなら全部お見通しだって、前に言わなかったっけ?」 肝が冷えるような台詞を、さらりと言われた。 その言動は常に淡白に見えて、実は相手のことをよく観察している。敵でも味方でも、隠された本質を容易く見抜いてしまう。 かつて赤木に心を縛られて壊された経験のある矢木は、今でもそう思っている。 「それにしても、矢木さんもこういうの興味あるんだ」 「俺が何読もうと、お前には関係ねえよ!」 「まあ、いいけどね。こんなふうに折り目がついてるページって、特にお気に入りってこと?」 別の雑誌を取り出した赤木が示したのは、過激なグラビアが載っている袋とじのページだった。 当然、しっかりとそれを切り開いた形跡まである。 もう正直な話、目眩がして倒れそうなくらい動揺していた。 見つけたのが本当に偶然でも、できれば見なかったことにしてほしかった。 普通の男ならともかく、よりによって色々と因縁のある赤木に突っ込まれるのは勘弁だ。 「こういう雑誌見て、あんたはひとりで興奮してるわけだ」 「あ……急に用を思い出した、ちょっと出掛けてくる」 「俺より大事な用なんてあるの?」 お前のそういう俺様思考はどこから出てくるんだ。 苦々しい表情でそう思いながら赤木から離れようとすると、手首を掴まれた。 驚いて気を抜いてしまったせいで、そのまま強く引っ張られて畳の上に倒れる。 覆い被さってきた赤木は、愉快そうな笑いを浮かべていた。獲物を狙う獣の笑みだ。 「俺はあんたが気持ち良くなってる顔を想像するだけで、すごく興奮するんだけど」 「この悪趣味の変態野郎、離せ!」 「どんなに強がっても1度始まっちまえば、止められっこないさ」 こんな恐ろしい男と関わってしまったことこそが、自分が犯した致命的なミスだと痛感した。 |