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君の名前を 「矢木さんって、もしかして次男?」 背後からそう問われて、矢木は夕食に使った茶碗を洗っていた手を止める。 「何だ、急に」 「あんたの下の名前がさ、なんとなくそうかなって」 「そんなことをお前に教えた覚えは……」 「教えてもらわなくても、俺は前から知ってたけど」 赤木は当然のことのように、あっさりと言う。 どんな方法で知ったのか気になったが、部屋のものをひっくり返せば免許証や郵便物などが簡単に出てくる。 いつ知られても不思議ではない気がしてきた。 「どうでもいいだろ、別に。俺が長男でも次男でも」 「それじゃ、家族は? 離れて暮らしてんの?」 否定も肯定もせず、再び食器洗いを始める。 今まで自分の名前のことなど深く考えたことはなかった。由来を聞いた記憶もない。 それに家族の話をするには、まず20年ほど前に終わったあの戦争のことも掘り返す必要があるので、 できれば触れられたくない。 もう永遠に戻ってこないものを考え、求めていても何もかも無意味だ。 自分の身を立てるために踏み込んだのが賭博の世界だった。 そこがどんなに危険なところでも構わなかった。 戦後の混乱期を、たったひとりでも生きていくためなら。 「お前はどうなんだ」 「何が」 「俺のことばかり聞いて、自分のことは話さねえつもりか?」 「あんたも教えてくれないなら、お互い様だろ」 「……本当に生意気なガキだな」 もう帰れと言おうとしたが、すぐにそれを喉の奥へと引っ込めた。 勤めていた工場を辞めて行く当てのない赤木に、この家に居ることを許したのは自分だ。 追い出したとしても、赤木ならその気になれば適当なところへ転がり込むかもしれない。 適当なところってどこだ、と考えてみるとあまり愉快な気分ではない。何故だろう。 「まあ、そこまで言うなら教えてやらないこともないけど?」 「そこまで熱心には頼んでねえよ」 「実は俺のこと色々知りたいくせに」 「うるせえな」 ため息をついて蛇口をひねり、水の流れを止めた。途端に部屋が静かになる。 余計なことばかり言っていた赤木は急に無言になった。 違和感を覚えて振り返ろうとした時、背中に温かい重みを感じた。 「俺の家族は……ここに居るよ」 穏やかで囁くような声が、胸の奥へ響いてくる。 どう考えても、いつもの赤木らしくない言葉に調子を狂わされる。 そういうことは、もっと優しく気遣ってくれる人間に言うものだ。 またいつもの気まぐれが始まったのかどうか、考えても分からない。心が読めない。 今は見えない、赤木の表情を確かめるのが怖かった。 しかしそれよりも怖いのは、後ろ向きでなければ赤木に触れたいと思った自分自身だった。 |