猫耳騒動 開いた玄関のドアから入ってきた赤木を見て、俺は飲んでいたビールを吹き出しかけた。 まさかそのまま外を歩き回っていたのだろうか、本当にどうかしている。いくら普通の人間と感性がずれているとはいえ、 そんな怪しい姿で……いや、どうかしているのは俺のほうか。酔うほどの量は飲んでいないはずだが。 「どうしたの矢木さん、さっきから俺のほうばかり見てるけど」 卓袱台の向かい側に腰を下ろした赤木が、恐ろしいほどの真顔で問いかけてくる。 どうしたの、って言われても。それは俺のほうこそ赤木に言いたい台詞だ。 頭には白い猫の耳、そして尻にはこれも白い猫の尻尾が生えている。 ……これ、夢だよな? 俺はビールの入ったコップを置くと、赤木のそばに寄ってその猫耳を両方つまんで引っ張ってみる。 眉をひそめた赤木が、こちらを冷ややかに睨んだ。 「痛いよ」 「やっぱり夢じゃねえのか……」 「それを確かめる時ってさ、普通は自分の身体で試さない?」 赤木はそう言って俺の頬を強くつねった。その手を振り払いながら赤木から身を離すと、痛みを受けた自分の頬を癒すように撫でた。 俺に対しては常に容赦なく接してくる気がする。誰にでもこんな調子だとは思えない。やっぱり馬鹿にされているようだ。 「いってえよ、何しやがる!」 「あんたが俺にしたこと、そっくり返しただけさ」 この調子だと尻尾に手を出したら、次は何をされるか分からない。それより赤木は自分の身体の異変をどう思っているのだろうか。 動物に例えたら猫か何かだろうとイメージしていたが、まさか実際にそうなってしまうとは。 「もういい、さっきのは謝るから。とにかくそのふざけた格好はやめてくれ」 「ふざけた格好って、どこが?」 「その猫耳と尻尾だよ、気付いてねえのか」 「ああ、これね。生えてきたものはしょうがないよ」 もし俺の身体にそんなものが生えてきたら、まず間違いなく動揺すると思う。赤木の冷静な態度に、しばらく何も言えなかった。 本人が困っていない以上、俺ひとりが騒いでも仕方ない。猫耳や尻尾を無理矢理むしり取って解決する問題でもなさそうだ。 俺のコップを手に取った赤木は、入っているビールを一気に飲み干した。13歳の子供とはいえ、ヤクザ相手に他人の命を背負った賭博までやる奴だ。酒を飲むくらいで今更驚いたりはしない。 卓袱台に頬杖をついて、意味深な視線を送ってくる赤木。今度は何を企んでいるんだ。まだ正気を保っているみたいだが、もし完全に酔ったらどうなってしまうのか興味があった。 普段は可愛げのない赤木が俺だけの前で……うわ、それだけは有り得ないよな。 「このままだと俺、いつか本物の猫になるかもね」 「おい、変な冗談やめろよ」 「言葉が通じなくなっても、あんたの考えてることくらい分かるよ。単純だから」 「まあ確かにそうだな……って、何言わせるんだよ!」 「今のは矢木さんが勝手に言ったんだろ、俺は知らない」 愉快そうに目を細める赤木の白い尻尾が、まるで俺をからかうように緩やかに動いた。 |