謹賀新年





除夜の鐘が鳴ったばかりの夜や朝は混んでいるだろうと思って昼過ぎに来てみたものの、考えていることは皆同じだったようだ。
神社に着いた途端に長蛇の列を見て、まだ何もしていないのに体力を奪い取られてしまう。

「すごい列だね、あんたの読み大外れじゃない」
「うるせえよ、黙って並んでろ」

最後尾に並んで順番待ちをしていると、赤木が憎たらしいことを言うので俺はそれを小声で切り捨てた。
正月くらいは寝て過ごす予定だったが、晴れ着姿で神社へ向かう家族連れを赤木が窓から眺めているのを見て、 こいつは初詣に行きたいんじゃないかと勝手に思った。
それに赤木とふたりで家にこもっていると、どうしてもいかがわしい方向へ流れてしまう。
今年こそは赤木のペースには乗せられないようにしたい。
俺は財布から小銭を出すと、それを赤木に差し出した。

「何これ」
「お前の分の賽銭だよ」
「こういうのって、自分の金じゃないと意味ないんだよね」

そう言って赤木がポケットから取り出したのは、数枚の札だった。あまり大事に扱っていないのか、どれも皺がついている。いくら入れようが個人の自由だが、そんな大金を賽銭箱に入れる人間は めったに居ない。
俺の知らないところで、ギャンブルで稼いだ金の一部だ。こんな大勢の前で札束を出されるよりはマシだろうか。

「確かにそうだな、好きにしろよ……」

行き場を失った小銭を、再び財布に戻す。赤木が俺より金を持っているのは知っていたが、現実を見るとやはり空しかった。
赤木の分の賽銭を出してやることで、大人としての威厳というか余裕を見せたかったのかもしれない。
俺が赤木に勝てるものは、今まで生きてきた年数くらいだ。麻雀の才能も心の余裕も、全て負けているのだから。
吐き出した息が白くなって消えていく。寒い中を動かずに待っているので、冷えるのが早い。
買っておいた餅もあるし、家に帰ったら赤木と温かいものでも食べることにする。

「矢木さん」
「ん?」
「俺があんたの家に居ることで、金は苦しくないの?」
「お前そんなに食わねえし、俺ひとりだった頃と大して変わんねえよ」

決して裕福ではないが、贅沢すらしなければ普通に暮らしていける。
赤木は時々どこかで飯を食ってくる時もあるし、俺が困るほど大食いでもなければ何かを欲しがったりもしない。
もう少し頼られてもいいくらいだ。赤木に限って、それはないと思うが。

「前から思ってたんだけど、家でも買おうかと思ってさ」
「家って、誰の」
「俺とあんたが暮らす家だよ」

部屋の隅に放られている古い鞄を思い出す。あれに入っている金を使えば、今とは比べ物にならないほど立派な家を買えるだろう。 しかし、軽い気持ちで赤木の提案に乗るわけにはいかない。
強い地震がきたらあっと言う間に傾きそうな古いアパートでも、俺の稼ぎだけで借りて暮らしている家だ。 優位に立つまではいかなくとも、せめて赤木と同等の立場を保っていたかった。あのアパートはそのための、最後の砦と言ってもいい。
自己満足で、くだらない見栄だ。それを自覚していても譲れないのだから仕方がない。

「今のアパートじゃ不満か?」
「別にそういうわけじゃない」
「じゃあどういうわけだよ」

この流れはまずい。新年早々、人が大勢見ている前で言い争いをするのは勘弁だった。
年上のこちらが冷静になるべきなのは分かっているが、赤木があまりにも思わせぶりで遠まわしな言い方をするので、 俺をわざと苛立たせているのではと思い込んでしまう。

「まあ、いつも食わせてもらっているのも悪いと思ってね」
「何だそれ、余計な考え起こすんじゃねえよ」
「あんたが今のままで満足なら、それでもいいさ」
「お前なあ、偉そうに言いやがっ……」

声を荒げながら顔を上げると、いつの間にか賽銭箱の前に来ていた。
背後に並んでいる参拝客の視線を感じ、俺は慌てて小銭を放り投げる。
隣の赤木が札を賽銭箱に突っ込んでいるのを横目に、気持ちはもう参拝どころではなくなっていた。


***


神社からの帰りも、俺は赤木の数歩前を歩きながら黙っていた。
いつまでもこんな調子で、自分が情けない。いくら賽銭を入れて祈っても、結局は自分で何とかしなければならないのだ。
後ろをついてくる赤木も無言のままだ。この気まずい状況を何とかしたかったが、俺は間違ったことを言った覚えはないので 謝るのも違うような気がする。

「……なあ、寒くないか?」
「少しはね」

それを聞いて俺は立ち止まり、遅れてついてくる赤木が横に並ぶのを待つ。
やがてそばまで来た赤木の手を取ると、冷えたそれを温めるように握る。人通りの少ない場所なので、手を繋ぐことにもあまり 抵抗はなかった。

「さっきの俺、大人げなかったよな」
「いつものことだろ、あんなの」

冷めた調子でそう言いながら手を握り返してくる赤木が、どうしようもなく愛しかった。
去年も、そして始まったばかりの今年も。




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2007/1/2