メイド喫茶 「お帰りなさいませ、ご主人さまっ!」 ドアを開けた途端にメイドの格好をした十数人の店員に囲まれ、目を白黒させた矢木は文字通り転げるようにして店から飛び出した。 「……で、ビックリして逃げ帰ってきたわけ?」 まるで白痴だな、という屈辱の台詞の後に、煙草の煙を顔に吹きかけられた。 「ああいう店だとは思わなかったんだよ、紛らわしい!」 煙を手で払いのけながら、矢木は赤木に言い訳のような返答をする。 やけに可愛らしい感じの看板で察するべきだったのか。 街で用事を済ませた後、少し疲れたのでコーヒーでも飲もうかと思って入った店はメイド喫茶だった。 この前テレビで放送されていたアキバ特集の中でも、店内の様子が映し出されていた。 まさにあんな感じだ。ちなみに女性客は『お嬢さま』と呼ばれるらしい。 結局何も飲めないまま帰宅してしまったので、買い置きのインスタントコーヒーを飲もうとしたが、 いつの間にか赤木が全部飲んで切らしていた。 とはいえ、また外に出て買いに行くのは面倒くさい。本当に疲れているのだ。 「飲み屋の女は平気なくせに、何でメイド喫茶はダメなの」 「あのな、それとこれとは全然違うだろ……」 開放的な気分になる夜中に、若くて美人な女達と酒を飲んで騒ぐのは好きだ。 しかし真っ昼間から、酔ってもいないのに『ご主人さまっ!』と呼ばれて平然と食事なんて出来ない。 決してメイド喫茶を否定するわけではないが、ひとりだけヤクザのような人相をした自分は、 明らかに周囲の客達からも店の雰囲気からも浮きまくっていた。 「どこの店かは忘れたけど、オムライスに自分の名前書いてもらえるんだってね」 「だから何なんだよ」 「せっかくだし、注文すればよかったのに」 「しつこいなお前も!」 その夜見た夢にはメイド服を着た赤木が出てきて、『お帰りなさいませご主人様……ククッ』と言いながら、 ケチャップで書かれた矢木の名前入りオムライスを差し出してきた。 青ざめて飛び起きると、隣の布団では赤木が平和に寝息を立てていて脱力する。 初めての店に立ち寄る際は、どんなところか確かめる必要があると実感させられた日でもあった。 |