哀れな痛み



窓から入り込んでくる夕暮れの光が、寂れた雰囲気の室内を照らす。
数日前、チキンランで海に落ちた後に赤木がたどり着いた、あの雀荘だ。
ドアを開けると、誰かが窓際の壁に背を預けて座っていた。
赤木が近づいても、何の反応も見せない。こちらに気付いていないのか。
ようやく上げたその顔は、ひどくやつれていた。 初めて対面した夜、赤木に指を賭けろと要求した時に見せた、あの挑発的な表情はどこにも残っていない。別人のようだった。

「動かないから、死んでるのかと思ったよ」
「お前……ここへ何しに来た」
「暇だったから、寄ってみただけ。まさか先客が居るとはね」
「用がないなら、さっさと出て行け」
「なんで?」
「今の俺は、お前に何するか分かんねえぞ」
「……何かするつもりなの?」

笑いを浮かべながら赤木が男のそばへ寄ると、腕を引っ張られた。
初めてじゃないんだろう、と囁かれて赤木は男に唇を奪われる。
相手が子供だからと遠慮する素振りはない。割り込んできた舌が動くたびに、煙草の苦い味がした。 それは角度を変えて何度も繰り返された。まるで攻めるように、犯すように。
身体を押し返そうとしても、力で勝てるはずもなく結局は徒労に終わる。
男の読みは外れている。赤木は実際、この手の経験は1度もない。
とはいえ、それをわざわざ口に出して教えてやるつもりはなかった。 見るからに火がつきはじめている男を更に煽るだけで、この場をどうにかできるとは思えない。
させたいようにさせて、何もかも通り過ぎるのを待つのが得策だろうか。
やがて唇が解放されたかと思えば、卓の上に両肘をつかされた。 上に重なる男の大きく固い手は、そこに縛り付けるかのような強引さを赤木に伝えた。

「ねえ、これって俺に負けた腹いせ?」
「言わなきゃ分からねえのか」
「別に……あんたの好きにすればいい。こうすれば気が晴れるんだろ」
「このガキ!」

背後の男は舌打ちして、赤木のズボンと下着を乱暴に下ろす。

「その減らず口、すぐにふさいでやるよ」

金具や布が擦れ合う音がして、後ろから男のものがあてがわれた。
見える体勢ではなくても、すぐにでも赤木を貫ける状態であることは明らかだった。 いつの間にこんな、と考えをめぐらせる余裕はなかった。
何の準備もできていない部分を優しく解きほぐすわけでもなく、男はそのまま腰を進めてきた。 感じるのは傷を抉られるような、引き裂かれるような痛み。
腰を掴まれているため、容易には逃げられない。
赤木の身体は、膨れ上がった欲望を受け入れるにはあまりにも頼りなく、そして幼い。
男も多分それを分かっている、あえて分かっていてやっているのだ。
赤木は息を殺しながら、握り締める手に力を加えた。爪が手のひらに深く食い込んでくる。
それでも今は、そんな痛みすらかすむほどの苦痛に襲われていた。

「痛そうだな、赤木」

最奥まで貫かれた時、男の動きが止まった。

「まあ、そうなるようにやってるんだから、当然だけどな」
「誰にでも、いつもこんなやり方でしてるの……?」
「まさか。でもこれで充分だろ、お前みてえなガキには」

そろそろ動くぜ、と熱っぽくかすれた声で言うと男は腰を動かし始めた。
内側を抉るような荒々しいその動きに、赤木の身体が揺さぶられる。
自身を支えていた腕はとっくに崩れ、卓に顔を伏せた格好で小刻みに呼吸を繰り返す。
まるで、この男の欲を満たすための玩具にでもなったような気分だった。
時間の経過と共に少しずつ慣らされた赤木が甘い声を上げた頃、男の身体が震える。
赤木の奥に何度も熱いものがぶつかり、そこからゆっくりと広がった。
男に対する感情は恐ろしさよりも、哀れみのほうが大きかった。
こんなやり方でしか気持ちを晴らせない、本当に哀れな男。
もしかすると今の赤木よりもずっと、痛い思いをしたのかもしれない。全てを奪われ、崩されて。 そうでなければこんなところで、抜け殻のようにひとりで居るわけがないのだから。

「矢木さん……」

無意識に呟いたその名前は、背後で赤木を弄んだ本人には届いていないだろう。
それでも構わない。赤木自身も、どうして口から出てきたのか分からなかった。
たとえ届いていたとしても、何が変わるというのか。 この男を壊した過去も、生きているのか死んでいるのか予想すらつかない、まだ見ぬ未来も。




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2006/3/28