Romantic Fool



正午もだいぶ過ぎたこの時間でも、矢木はまだ寝ていた。
外出先からよほど疲れて帰ってきたのか、布団も敷かずそのまま畳に寝転がっている。
それでも何もかけないで寝るのは寒かったらしく、脱いだ上着をかけ布団代わりにしていた。
ドアを開けた直後に目にしたのがそんな光景だったので、赤木は呆れたようなため息をつく。
せっかく暇つぶしにからかいに来たのに、相手がこんな調子では面白くない。
今から無理に起こしても、きっとバチは当たらない。

「矢木さん、もう起きろよ」

そばに立って、上から声をかけてみても反応はない。全く、呑気なものだ。
仕方がないのでゆすり起こそうとした途端、寝ているはずの矢木の腕がこちらへ伸びてきて、手首を掴まれた。
不意打ちだったので避けようもなく、赤木は引っ張られて畳の上に転がる。気がつくと、矢木の胸元がすぐ目の前にあった。 ゼロに近い距離から、かすかな寝息が聞こえてくる。これではまるで添い寝をしているようだ。
それにしても今、矢木が着ているのは一体どこで買ってきたのかと問いたくなるほど派手な柄のシャツだった。 麻雀の対戦相手からは、毎回のように鬼だの狂人だのと評価されている自分が言うのも何だが、 正気の沙汰ではこんな趣味の悪い服は買わないというか、手にすら取りたくないはずだ。
雀荘で初めて顔を合わせた時も、矢木が着ていたあの上着の色はおかしいと感じていた。 人相の悪さも重なって、どうやってもそっちの筋の人間にしか見えない。 川田組が囲っている代打ちだと知るまでは、竜崎の手下がもうひとり増えたのかと勘違いしたくらいだ。
こういうものを着て歩くから、夜の街でヤクザと間違われて頻繁に絡まれるのだ。 俺はヤクザじゃないと主張する前に、まずは誤解を招くような服の趣味を何とかしたほうがいい。
そんなことを考えていると、矢木の指が赤木の髪に触れてきた。 決して乱暴ではない、丁寧に梳くような動作の後、指は首筋へと流れていく。
巧みな愛撫のようなその動きに、気を抜いていた赤木の息が乱れる。
矢木の過去については何ひとつ知らないが、 恋人が居たとすればこういう愛し方をするのかもしれないと勝手に思った。
普段から赤木のことをひたすらクソガキ呼ばわりして、愛想の欠片も見せない。 そしてどこか、こちらとの距離を置いている。 そんな警戒心むき出しの矢木が、寝ぼけているとはいえ人生を狂わせた張本人に添い寝の真似事までさせるとは、 赤木自身にも予想すらつかなかった。これは目が覚めた時の反応が、ますます楽しみになってきた。 傍らに居る赤木の姿を見た途端に顔が赤くなったり青くなったりで、さぞ大騒ぎすることだろう。
麻雀の打ち方はひねくれていたが、性格は素直で単純。 仕掛けた罠に引っかかって分かりやすく反応してくれる様子は、卓の反対側から見ていて非常に愉快だった。
矢木は相変わらず穏やかな表情で眠っている。 どれほど幸せな夢を見ているかは知らないが数分後、その顔から血の気を引き抜いてやる。
自分が着ているシャツのボタンを全て外し、肌を晒した赤木は更に矢木との距離を詰める。
その広い背中に片腕をまわして抱き寄せると、矢木の身体が一瞬だけ強張った。

(あんただけに特別サービスだぜ、矢木さん)

シャツが半分脱げかかっているのにも構わず、赤木は顔を上げて矢木の唇を奪った。
まるで触れ合うような軽いキスをする。
そして離れる直前に、渇きかけていた矢木の下唇をそっと舐め、濡れた余韻を残す。
好きだとか愛してるだとか、そういう甘ったるい感情は持っていない。 ただ、素直な矢木の慌てぶりを見たいだけだ。
これだけ色々されているのに起きないのもおかしい話だが、男相手に抱く気も抱かれる気もない矢木が、 果たして今の状況に耐えられるだろうか。もし意識が戻っているなら、我を忘れて抵抗するに決まっている。
思ったより眠りが深いようなので、このままいけるところまでいってやろうとも考えた。
しかしそれは、本人が起きている時のために取っておくことにする。
そのほうがもっと楽しめそうだから。




back




2005/11/14