小さな幸せ そういえば、と矢木が布団の中で呟くと、それまでは背を向けていた赤木が寝返りを打ってこちらを向く。 いつ見てもその肩や腕は細い。数分前までそんな身体を存分に貪っていたかと思うと、胸の片隅に罪悪感が生まれてくる。 しかし最中に感じた興奮のほうが大きく上回っていた。赤木との乱れた関係は、もう引き返せないところまで進んでいるのだ。 きつく締め付けられ、絶頂の末に精液を注ぎ込んだ赤木の内側は熱を帯びていた。布団に包まれながら肌を重ねていると、夜の寒さも忘れてしまう。 「……何?」 「いや、今週クリスマスだっただろ。結局お前に何もしてやれなかったよな」 「別にいいよ、興味ないし」 未練も何も感じさせない冷めた口調で、あっさりと切り捨てられて拍子抜けしてしまった。最初から期待などされていなかったのかもしれない。 普通、赤木くらいの歳の子供ならクリスマスは家族でケーキや料理を囲んで盛り上がるものだと思っていた。 赤木は24日も25日も家に帰らず、いつも通りこの狭いアパートの部屋で過ごした。赤木に敗北した時に背負った借金のせいで未だに経済的余裕ができない矢木は、 プレゼントどころか特別な食事すら準備することができなかった。 プレゼントと言っても赤木相手に何を選べば良いのか分からず、金があっても迷うところだったが。 「サンタなんてどこにも居ないのに、盛り上がるなんて馬鹿らしいよ」 「お前知ってるか、あれって良い子のところにしか来ないんだぞ」 「それって俺が悪い子って意味?」 赤木は小さく笑いながら身体を寄せてきて、矢木の性器を握ると何度か扱いた。射精を終えて力を失っていたはずが、再び勃ち上がりかける。 「悪い子どころか、いやらしいガキじゃねえか……」 無謀にも今夜2度目の性交を期待しているのか、しつこく性器に触れてくる赤木の手を掴むと素早く覆い被さった。 突然の行為に赤木は何かを言いかけていたが、くちづけで遮る。 クリスマスどころか、何もできないまま大晦日が近づいていた。さすがに赤木も数日後には家に戻るだろう。そうなれば年末年始をひとりで迎えることになるが、 この歳になって結婚もしておらず、恋人も居ないのだから仕方がない。たまには邪念を消して、ラジオでも聞きながら気ままに過ごすのもいい。 もしこの家で共に正月を迎えても、質素に餅を焼いてやることくらいしかできないのだ。食べ盛りの子供には寂しいはずだ。 唇を離すと赤木の頭に触れて抱き寄せる。白い髪が胸元をくすぐり、その感覚すら心地良かった。 「正月は家族と美味いもの食ってこいよ」 「あんた、遠まわしに俺を追い出そうとしてない?」 「何でそうなるんだよ、まともなこと言ってるじゃねえか」 「さあね、どうだか」 刺々しい口調でそう言って矢木の胸を押し返そうとする赤木を、更に強く抱き締める。追い出そうとしているわけではなく、ごく当たり前のことを言っただけだ。 赤木が自ら望んでここに居たいと言うなら拒否はしない。 「大晦日や正月も俺と一緒で、いいのかよ」 「1年の終わりと始まりってだけで、特別なことでもないだろ」 「充分特別だと思うけどな……お前が考える『特別なこと』って何だよ」 「生きるか死ぬかの綱渡りをするような、ギリギリの勝負ができること」 いかにも赤木らしい答えだとは思うが、聞くまでもなかったような気がした。 あの雀荘で一晩中屈辱を受けた後でも、地獄の淵が見えるまで、だのと言われて勝負を続けようとした赤木を前にして背筋が震えたのを、今でもよく覚えている。 もう2度と関わりたくないと思っていたが、今ではこんな関係になってしまった。生きていると、数秒先ですら何があるのか本当に分からないものだ。 今の矢木ではもう、赤木が望んでいる生きるか死ぬかの勝負を楽しませることはできない。 心に深い傷を負い、あれほど慣れ親しんでいた牌すら握れなくなってしまったのだから。 しかしその件で今更赤木を責めるつもりはない。初心者だからと言って舐めてかかっていた油断が、大きな敗因だと分かっているからだ。 「どうしたの、急に黙って」 「いや、別に何でもねえよ」 「じゃあ俺、そろそろ寝るから」 小さく欠伸をすると赤木は矢木に抱かれながら目を閉じる。 この狭い布団の中で身体を寄せ合って眠るのが、もはや習慣になってしまった。以前に新しい布団を買って赤木に使わせようとしたが、毎晩抜け出してはこちらの布団に潜り 込んできたので、結局ろくに使うことがないまま常に押入れのスペースを占領している。 未だに古いほうを使い続けているのは、こちらのほうが狭いので赤木と密着できるという浅ましい下心が全てだった。 赤木の寝息を聞きながら、矢木もいつの間にか穏やかな眠りについていた。 |