いきすぎた想像





寝る前にうっかり倒してしまったゴミ箱から、心当たりのない紙屑が転がり出てきた。
4つに折りたたまれていたそれを広げると、赤木が捨てたものだろうとすぐに分かった。
それは保護者宛の印刷物で、上部には『三者面談のお知らせ』と書かれている。
面談では教師と親、そして生徒の3人で学校での生活ぶりや進路について話し合うはずだ。それを知らせるものを捨てたということは、赤木は両親に面談のことを 知らせていない。来て欲しくないから知らせなかったのか、それとも何かの都合で親が行けなくなり不必要だと思い捨てたのか。
広げて皺を伸ばした印刷物を手にしたままで矢木は、便所から出てきた赤木と目が合う。捨てられていたものを拾って見ているこの状況は、とても気まずかった。 とはいえ、放っておくこともできない。赤木の事情に深く踏み込むのは良くないと知りながらも。

「おい、こんな大事なもの捨てていいのかよ」
「必要ないから捨てた、それだけ」
「親に見せて、来てもらわねえのか?」
「見せなくても分かる、来られないって」

もしその理由を聞いても赤木は、家庭の事情と答えるだけでそれ以上は何も語ろうとはしないだろう。息子の進路について教師から話を聞く機会なのだから、余程のことが ない限りは都合をつけて行ってもいいのではと、子供の居ない独り身の立場だがそう考えた。
敷いておいた布団に入ると、着替えた赤木も当然のように潜り込んできた。狭い中で眠るのにはもう慣れている。

「なあ赤木、お前卒業したらどうすんだ」
「興味あるの?」
「麻雀で食っていくつもりか」
「それもいいね、座って勉強するより面白い」

昔の矢木のように、どこかの組の代打ちとして生きていくのだろうか。それとも色々な雀荘を渡り歩いて荒稼ぎか。13歳の今からこのような調子では、 全く有り得ない話ではなさそうだ。将来はどのような男に育つのか恐ろしい。
ひとつの布団の中で寄り添って温もりを感じているうちに、赤木が気の毒に思えてきた。 三者面談に親が来ないことで、赤木は表情や口には出さなくても寂しい思いをするかもしれない。かつての敵を、ここまで心配している自分はどこか変だ。

「……お前の学校って、どこにあるんだ」

電気を消す直前にそう訊ねる矢木に、赤木は珍しいものを見るような目を向けた。


***


来客用の玄関で靴を脱いで校舎に入った途端、通りすがりの生徒達が皆驚いた顔をする。背広は地味なものを選んだつもりが、この誤解されがちな人相が災いしている ようだった。生徒達の反応はどこでも一緒で気分の良いものではなかったが、自分から言い出したことなので引き返すわけにはいかない。
1年生の教室が並ぶ階に着くと、離れたところで馴染みの姿を見つけた。

「まさか本当に来るとは思わなかったよ、矢木さん」
「行くって言っただろうが」

赤木は教室前の廊下で、壁に背を預けて立っていた。中で他の生徒と保護者が面談を受けている間、ここで待機することになっているらしい。 しばらく経って教室の扉が開き、生徒とその母親が出てくる。そしてその後に出てきた担任教師らしき男が、赤木の名前を呼んだ。

「じゃあ、行こうか」

そう言って小さく笑った赤木は先に教室に入り、矢木もそれに続いた。
ふたり分を向かい合わせにした生徒用の机の向こうには、先ほどの男が立っている。頭は白髪まじりで、雰囲気からしておそらく定年が近い。
教師はこちらに自己紹介をした後で目を丸くした。どう見ても中学生の保護者には見えない矢木の姿を見て驚いたようだ。
昨夜の打ち合わせ通り、赤木の親戚だと言うとそれ以上突っ込まれることはなかった。とにかく、赤木の保護者に当たる者が誰も来ないよりはマシだと考えたのだろう。
本当は赤木の親戚でも何でもなく、夜中の雀荘で勝負をした代打ち同士だ。その末の勝者と敗者。たった一晩で、あっさりと人生を狂わされた因縁の相手。
学校での赤木がどのような生徒なのか興味はあった。以前から気になってはいたが、赤木は必要以上に自分のことを語らないので、良い機会だ。
卒業後の進路を聞かれた赤木が教師の前で、麻雀で生きていくという突飛な発言をしないことを密かに祈った。


***


数十分後、矢木の家までの道のりをふたりで歩く。赤木のほうが少しだけ先を歩いているので、その背中を眺めながら面談でのことを考えた。
学校での赤木は特定の友人はおらず、休み時間はひとりで居ることが多いらしい。成績は普通で、校内では特に問題を起こしたことはないという。
そんな話を聞きながら、以前に赤木が制服を隠されて体操服姿で矢木の家に来たことを思い出した。
隠された制服は後日、学校の動物小屋に投げ込まれていたのを赤木自身が見つけた。
赤木はその出来事を教師に報告していなかったのだろうか。他にも嫌がらせをされているかもしれないのに。表向きは、何を言われてもされても平然としている赤木を想像して、 胸が痛んだ。実際、制服の件で泣きついてきたりはしなかった。赤木にとって、矢木は頼れる存在ではないと本人に言われてしまえばそれまでだが。
いじめの事実があることには気付かない、学校側の鈍感さが腹立たしい。学校は本当に生徒を守りきれているのか疑問に思う。

「本当に俺が行って良かったのか?」
「今更何言ってるの、あんたでも別に構わないよ。誰も来ないと色々と面倒だったしさ」
「俺が言い出すまで、お前はそれを覚悟してたんだろ」
「まあね、でも仕方ない」

赤木は不要だと判断した三者面談の印刷物を、自宅ではなく何故矢木の家に捨てたのかが気になる。気まぐれな赤木のことなので、多分深い意味はないと思うが。
あの時は偶然発見したものの、完全に他のゴミに混じってしまえば気付かないまま処分していた。もしかすると赤木は、あれを見つけてほしかったのかもしれない という、とんでもなく自惚れた想像をしてしまった。
しかしあの赤木に限ってそれはないと思い、頭の中から想像を打ち消した。




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2008/8/23