白い訪問者 「あんた、いつから猫なんて飼ったの」 夕方、どこからか帰宅した赤木が靴を脱ぎながら俺に問いかけてきた。 手にしている鞄からは大量の札束が見えた。また危ないギャンブルに手を出したのか。 しかし、こいつの外出先をいちいち気にしていたらキリが無いので、あえて知らないふりをする。 「猫なんて知らねえよ」 「朝からずっとドアのところに居るんだけど」 そんな赤木の言葉が気になって玄関のドアを開けると、そこには白い猫が背中をまるめて寝ていた。 猫はこちらの存在に気付くと起き上がり、俺の足元に身体をすり寄せてきた。 「おい、なんだよお前……」 中に戻ろうとしても猫が離れないので、立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。 一体何だこの猫は。動物は嫌いじゃないが、ここまで懐かれることをした覚えは……。 ああ、そういえば。昨日の夜、こいつに夕飯の残り物の魚を少し食わせたんだ。 よほど腹が減ってたみたいで、あっというまに食い尽くす様子が愉快だった。 もしかするとまたエサが欲しくてここに来たんだろうか。 そのうち仲間をたくさん連れてくるんじゃないかと思うと、あまりエサをやり続けるのも良くない気がした。 「ずいぶん気に入られてるみたいだね、矢木さん」 玄関から半身をのぞかせた赤木は、面白がっているような表情で煙草を吸っていた。 「飼うつもりはねえんだ、気に入られても困る」 このアパートで動物は飼えない。大家にばれたら俺も赤木もすぐに追い出される。 「飼えとは言わないけど、とりあえず今夜だけでも泊めてやったら?」 赤木が外へ目線を向けたのでそれを追うと、さっきまでは緩やかだった雨が次第に強さを増してきていた。 「……今夜だけだからな」 ため息と共に抱き上げた猫は嬉しそうに目を細め、俺の胸で大人しくなった。 かすかに温かい、小さな身体が心地良い。情が移って手放せなくなったら赤木のせいだ。 それにしても1度エサをやったくらいで、猫はこれほど人に懐くものなんだろうか。 何年、何十年生きていても分からないことはたくさんある。たとえば赤木のことも、一緒に暮らしているものの未だに謎が多い。 雀荘で出逢ったあの夜に別れてから再会するまでの6年間、どこで何をして過ごしてきたのか。 俺をからかうような余計な一言は口に出すくせに、肝心なことは言わない。 手持ちのカードを全て見せないのも赤木らしいとは思うが。 意味深に伏せられたカードの裏を見たくてあれこれ知恵をしぼっても、結局は自滅してしまいそうで怖かった。 油断も隙も無いあいつと変な駆け引きはしたくない。 猫を畳に下ろして仰向けに寝転がると、いきなり腹の上に猫が飛び乗ってきた。 小さく呻き声を上げた俺を、壁にもたれて座っている赤木が薄く笑みを浮かべて見ていた。 その雰囲気や眼差しは、どこか猫のようだと思った。 |