絶望の底から





赤木が唇から離した性器は、滴るほどの唾液で濡れていても未だに萎えたままだった。
始まってから10分近くが経っている。いつもならすでに勃起していてもおかしくないのだが、今日に限って何故だろうか。

「矢木さん、疲れてるんじゃない?」
「そんなことねえよ」
「まあ別に、無理をしてでもやらなきゃいけないってわけじゃないし」

冷めた口調でそう言うと赤木は矢木の股間から顔を上げ、全裸のまま布団に潜り込む。一方的に行為を打ち切られた形となり、矢木は動く気力も出ずに呆然とした。
互いに一糸纏わぬ姿になって戯れ、あとは雰囲気のままに進んでいくだけの状態だったのが一転し、白けた空気が漂い始めてしまった。 赤木を抱く側の矢木が勃たなくては話にならず、確かにこのまま続けても平行線のままだろう。
決して赤木に性器を舐められるのが嫌だったわけではなく、むしろ胸の内はこれからの展開に向けて熱くなっていたくらいだった。それなのに。
毎晩のように赤木と性行為を続けて、刺激が薄れたとは考えたくなかった。赤木への気持ちまでは萎えていないと断言できる。 それに中学生の少年とそういう関係になっていること自体、ある意味で充分に刺激的だ。
濡れた性器に指を絡めて自分で扱いてみても、何の反応もない。もしかすると男としての機能を失ってしまったのだろうか。そう考えた途端、目の前が真っ暗になった。

「ごめんな、赤木」

届いているかいないか分からないほど小さい声で呟いた後、重く感じる身体を起こして布団に入り目を閉じた。


***


気まずい上に情けない、あの出来事がたった1度のことなら深くは考えなかった。
あれから数日、結局は何をしても勃たないままで気持ちは更に重くなっていった。今までは順調に進んでいたことが急に出来なくなる。その辛さは想像以上のものだった。 これが常識的に許されない性別、年齢の相手に手を出していることへの罰なのかもしれない。
赤木は露骨に矢木を責めることはなかったが、布団に入ってすぐに眠ったり深夜になっても帰ってこない日が続いた。 今までのように満足させられなくなったせいで、どうやら見放されたらしい。赤木の温もりが冷めた布団の中、頭を巡る思考は後ろ向きなものになっていった。
日付が変わって数時間後、玄関のドアが開いて赤木が中へ入ってきた。部屋は薄暗いが、他の人物ではないのはすぐに分かった。 眠っている振りを貫くために黙って寝返りを打ち、赤木に背を向ける。しかしこちらに向かってきた赤木は布団をめくって矢木の身体に触れてきた。 あまりにも久しぶりだったので驚いて思わず肩が跳ね、背後から小さな笑い声が聞こえてきた。

「やっぱり、まだ起きてたんだ」
「……眠れねえんだ、でもそのうち何とかなる」
「散歩に行くから、早く起きて着替えなよ」
「はっ?」

こんな夜中に散歩かよ、と赤木の考えが分からずに苦い表情を浮かべた。


***


夜風に当たりながら、アパートの近くを赤木と共に歩く。着替えて外に出るのは面倒だったが、布団の中に居てもどうせ眠れないのだから良い気分転換になるかもしれない。

「あれってストレスとか、生活の乱れが原因なんじゃないかって言ってたけど」
「誰が」
「ちょっとした知り合いが」

知り合いとは一体何者なのかが気になる。雀荘で接点ができた川田組のヤクザだとしたら最悪だ。 麻雀だけではなく性交まで出来なくなったと知られたら、笑い者どころではない。
確かにストレスはともかく、生活の乱れには心当たりがある。最近は生活が不規則になっているので原因はそれかもしれない。 もしかすると赤木が夜に居なくなるのは、その知り合いに相談しに行っていたのだろうか。

「あんたが勃たなくなったからって、見捨てたりしないから心配するなよ」
「……べ、別に心配なんかしてねえよ!」
「まあとにかく、長く続くようなら病院行ってみれば?」

いつの間にか数歩先を歩いていた赤木が、歩みを止めてこちらを振り向いた。つられて立ち止まった矢木を見上げて、薄い笑みを浮かべている。

「ねえ、キスしよう」
「え?」
「セックスは無理でも、これくらいは出来るだろ」
「しょうがねえな……分かったよ」

ため息をついて身を屈めると、何日か振りに唇を重ね合わせる。赤木の肩に触れて、その細さを改めて感じながら。 こうしていると、不思議と気持ちが楽になっていった。
まるで深くて暗い、絶望の底から救い出されたかのように。




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2007/9/26