主導権



天気の良い昼過ぎ。ふたりで外食した後、平井の運転する車で帰宅する最中のことだった。
助手席の窓から差し込んでくる暖かい日差しが心地よくて、森田はうっかり寝てしまいそうになった。
そんな眠気を何とか振り払うと、以前から考えていたある考えを口に出す。

「俺、車の免許取ろうかと思ってるんです」
「ほー、俺の運転じゃ不安か?」

平井の運転は常に安定している。前を走る車を強引に追い越したり、高速道路でもないのにすごいスピードを出してみたりとか、 そういう無茶な運転はしない。不安になる要素を見つけるほうが難しい。

「もし俺が運転できたら、銀さんが疲れている時に休めるだろうと思って」

居眠りしかけた自分が言うのも何だが、どんな小さなことでも平井の役に立ちたかった。

「お前に運転させて、俺は隣で呑気に寝てろって? それは御免だな」
「え……?」
「俺を助手席に座らせたら、目的の場所に着いてお前が気を抜いた隙に……襲うぞ、森田」

平井は、とんでもないことをさらりと言う。その横顔に微笑を浮かべて。
いくら何でもただの冗談に決まっているが、車内で平井とそうなった場面を想像して頬が熱くなった。
まるで密室のようなこの空間では、互いの体温も息づかいも声もずっと近くなるだろう。

「こうして俺が運転していれば、お前を妙なところへ連れ込むことだってできるしな。どちらにしても同じことさ」
「ぎ、銀さん……やめてくださいよ、変な冗談はっ」

妙なところってどこですか、とは口が裂けても訊けなかった。
気がつくと平井のペースに飲み込まれている。どう頑張っても、未熟な自分が主導権を握ることは難しそうだ。
握ろうと思うこと自体が無謀なのかもしれないが。

「それはともかく、これからも運転は俺に任せておけ」
「でも……」
「たまには俺に甘えることも覚えろよ」

いつもの曲がり角を右へ行くと、すっかり馴染んだ平井のマンションが見えてくる。
せめて仕事以外の時だけは、ほんの少しだけ甘えてみようと思った。




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2006/4/22