夢でも逢えたら 「悪いな森田……それだ、ロン」 森田の対面に居る平井は死刑宣告のような言葉と共に、手元の牌を倒す。 一九字牌が並んだそれを見て、森田の視界が歪んだ。 この場では絶対に安全だと思って切った牌で、平井の役満に振り込んでしまった。 点棒を全て失った森田は、がっくりと両肩を落とし、ため息をついた。 「やっぱり銀さんには勝てませんよ……」 別に高い金を賭けているわけではなかったが、人の心に存在する隙をつく天才・平井との実力の差を改めて見せつけられて、自分の無力さを思い知る。 席を立った平井は、対面の位置から森田を見下ろして再び口を開く。 「気を落としてる暇はないぞ、森田」 「えっ?」 「足りない分は、お前の身体で払ってもらう」 獲物を追い詰めた獣、平井の笑みが深くなった。 まるで、ありとあらゆる闇の住人達を支配する……そんな強大なオーラを放つ平井を前に、手も足も出ない。 共に打っていた安田と巽は、何も言わず苦笑いしながらこちらを見ている。 頑張れよ森田、という2人の声が聞こえてくるようだ。その生温かい視線が痛い。 「じ、冗談やめてくださ……」 「部屋はすぐそこだ。なあに、痛いのは最初だけさ」 あわあわしているうちに接近してきた平井に、突然抱き上げられた。 以前に有賀と戦って深い傷を負った時と同じように。 さすがに2度目となると、重くないんだろうかと疑問に思う。そんなことを呑気に考えている場合ではないのに。 平井を待っていたかのように開いたドアの先は、何故かホテルのスイートルームだった。 「ぎっ銀さん! その前にせめてシャワー浴びさせてください!」 森田は自分で上げた叫びで飛び起き、目が覚めた。窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。 ここは平井のマンションで、当然ながらホテルのスイートルームではなかった。 狭くて暑苦しい自分のアパートを離れ、今ではすっかりここの住人になっている。 しかし、何がどうなって平井と麻雀をすることになったのか、意味不明な夢だ。 「シャワーなら空いてるぜ?」 その声に顔を上げると、平井が部屋のドアを開けたまま立っていた。 常に冷静な彼にしては珍しく、少し驚いたような顔をしながら。 「……という夢を見てしまいました」 「そうか」 ひたすら恥ずかしい夢の内容を打ち明けると、朝から大騒ぎしてしまった気まずさが再びよみがってきた。 麻雀で平井に振り込んで負けた、というところまででやめておきたかったが。シャワーが云々の叫びを聞かれてしまったので、 全て話さないと説明がつかなくなる。 健全な方向へとうまくごまかせば良かったのに、それができなかった。思いつきの嘘が通用する相手ではないからだ。 平井が焼いてくれたトーストをかじる音だけが、2人きりの空間に響いた。 森田の対面、いや、テーブルの向かい側では平井がコーヒーのカップに口をつけている。 「どう思いますか、銀さん」 どうもこうもないに決まっているが、沈黙があまりにも気まずかったのでつい訊ねてしまった。 あんな夢を見てしまって、もしかすると欲求不満なのだろうか。 同性相手にそんな趣味はないはずが、そんなことは平井が相手だと簡単に覆されてしまう。 森田にとっての平井は、もはや人生を変えてくれた恩人以上の存在となったのだ。 「もっと別の……運だけの勝負なら、間違いなく俺はお前に勝てないだろうな」 「銀さんが俺より劣るなんて、そんなこと有り得ません」 「そうでもないさ」 平井は、森田が持つ強運が翼だと言っていた。 果たして自分は翼として、国を買うという大きな野望を持つ平井を、どこまでも高く押し上げることができるだろうか。 「森田」 「……はい」 「今夜からは、同じベッドで寝るか?」 突拍子もない衝撃発言に、森田は椅子ごとひっくり返りそうになった。 「なっ、何言ってるんですか急にっ!」 「中途半端に離れて寝てるから、おかしな夢を見るんだろ。いいじゃねえか、お前となら俺は構わないぜ」 「そんな、あっさりと……あ、でも男2人で寝られるベッドなんてこの家には」 「これから届けさせる」 そう言う平井は恐ろしく真顔だ。 新品の大きなベッドが、寝室に運び込まれる光景がはっきりと頭に浮かんでくる。 今までは違う部屋だったが、もし一緒に寝ることになったら、おかしな夢どころか朝まで眠れなくなりそうだ。 |