きっかけは些細なコトだった。

ただたった一言が許せなかった。


「 矢木さんには関係ないだろ 」



[ねことヒト]



赤木は猫だ。人間と言うより猫と言った方がしっくりきそうな位、猫みたいな奴だ。
マイペースで甘えたいときは甘え、気分じゃなければ近付きもしない。発情期もあるらしく、ヤリたいときは日を開けず盛り、それが過ぎるとまた大人しくなる。

多分、猫のようなコイツは猫が飼い主にすら死に姿を見せたくないと去るように、死ぬときは誰にも見られることを望まずに死ぬのだろう。

それを俺は分かっていた。
分かっていた筈だった。


その日は赤木が1ヶ月振りに顔を見せた。ボストンバックに大量の金を詰め込んで、1ヶ月の期間など何もなかったように部屋にと上がり込んできた赤木に俺は溜め息を吐き出した。

「 何処行ってきたんだ? 」

さも当然とばかりに畳に横たわる赤木に問い掛ければ、山奥で賭博をしてきたという。
ボストンバックの金は大方そこからのものだろう。

「 飯、とか喰うのか? 」
「 いらない、ここにきた目的は飯じゃないから 」

そう言って、腕を引く赤木の目は発情期の猫のソレと同じだった。



「 お前も、物好きだよな 」
「 それは矢木さんもだろ?アンタだって年下の餓鬼にケツ掘られる趣味なかったんだし 」

俺の言葉に唇の端を持上げて笑い言い返してくる赤木に俺は、舌打ちを刻んだ。

たくしあげられたシャツから覗く肌は女の白くて極め細やかなモノとは正反対の、武骨で柔らかみのない荒れた肌。
その肌に赤木の掌が滑る度に、徐々に体の熱が高まる体と心。

いいように作り替えられた。
この目の前の猫に。

「 ──っ、お前も…脱げよっ 」

自分ばかり乱される現状が堪らなくなった俺がそう言えば、胸を舐めていた赤木が顔を上げる。

「 一人だけ脱がされてるのが嫌なんだ?可愛いね、矢木さん 」

楽し気な猫の瞳が、此方を見る。
そうして上着を自ら脱ぎ捨てた赤木の体を見て、俺は思わず目を見開いた。

「 これ、どうしたんだよ…!! 」

肩口から斜めに巻き付けられた包帯。こびりついた赤の色彩がそれは最近出来たものだと知らしめる。
体を起こし、俺が問いかければ怪我していたことを今思い出した、とばかりに赤木は「あぁ」と呟いた。

「 自分を通しただけさ 」
「 だから、って、お前、こんな傷、…… 」

赤木のことだ。凡人なら引くべき場所に深入りしようとしたのだろう。
6年前、俺と戦った時のように。

「 お前、こんなんでヤろうとしてたのかよ。駄目だ、今日はじっと寝てろ 」

俺はたくしあげられていたシャツを自ら直すと赤木に服を着せる為、畳に落ちた赤木の服を拾いあげようとした時だった。
俺の肩を掴んだ赤木に無理矢理押し倒された。細身の癖に力強く俺の体を押さえ付けた赤木に馬乗りにされて俺は、赤木を睨みあげた。

「 赤木ッ 」
「 矢木さんの体じゃないんだ。矢木さんには関係無いだろ 」



猫の瞳は細く、残酷に煌めいた。



「 矢木さん 」

無理矢理の形で襲った赤木に、俺は声も何もかも我慢した。何度も流されそうになったが俺は我慢した。

それに呆れたのか俺の逸物に手を這わせたまま、赤木が俺を見上げながら俺の名を呼んだ。

「 …、…… 」
「 ……何怒ってるのさ。俺がアンタの意思を無視して抱こうとしてるから? 」

それもある、けど、今まではそれでもここまで頑張らなかった。(別に流されやすい訳じゃない)

「 俺が怪我してんのにヤろうとしてるから? 」

それもある、けど、やっぱりそれだけじゃない。

返事を返さない俺に赤木は折れた、とばかりに体を起こし手を広げた。

「 教えてよ、何が嫌なんだ?アンタ 」

俺の頬を撫でる赤木の手は最初と比べれば大分温かくなっていた。
俺はその温かさにほだされて、口を開いた。

「 お前、俺には関係ないって言ったよな。確かに関係ないかもしれない。けど、俺は心配したいんだよ、お前の体のコト 」
「 …… 」
「 なのにお前、関係ないって、言うから、俺はお前の性欲処理のためだけの、まるでオナホー…… 」
「 それ以上は言わないでよ、流石に萎えるから 」

止まらない俺の発言に待ったをかけるように赤木が俺の唇を掌で覆った。

「 そんなこと気にしてたんだ 」

そんなことでも俺には譲れないこと。そう瞳に込めて睨めば、赤木は笑っていた。

「 わかったよ、今日は寝る 」
「 赤木…… 」
「 アンタ馬鹿だよ、ホント。性欲処理なら女のがいいことはアンタだってわかってるくせに 」
「 うるせぇ 」
「 でも、嬉しかったよ、ありがとう、心配してくれて 」

俺の額に口付けた仔猫に、俺は思わず背中に手を回していた。




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