四番隊の七席は女性だった。
とても聡明で、優しくて。
彼女の班に入れたことを、とても幸運だと思った。
季節は巡り、あっという間に時は流れて。
恋をしたあの人は、退席した。
官席を、僕に譲って。
恋をしたあの人は。
とても幸せそうで。
恋をしたなら。
それはとても幸福なことだと。
そう、思っていた。
■ 瞼ノ裏
(みんなで食べよう、コレ)
にもらった温泉まんじゅうを持って、軽い足取りで休憩室に向かう花太郎。
その顔が嬉しそうなのは、土産を貰ったのせいだけではない。
『・・・私がアイツの許婚だったのは大昔のことだから』
(・・・よかった)
さんが、朽木隊長の許婚だという噂を聞いて。
僕は今も許婚なんだと勘違いして。
その誤解を、さんが解いてくれた。
(・・・アレ?)
そこで花太郎は、あることに気づく。
でも、僕が勘違いしていることを、さんは知らないはず。
なのに。
『・・・私がアイツの許婚だったのは大昔のことだから』
もしかして。
アレ。
まさか・・・?
(さっきの話、聞いて・・・ッ!?)
愕然とする花太郎。
腕の中からするりと落ちるまんじゅうの箱。
しかしそれで、わかった。
あの時。
追いかけていたはずのが後ろから声を掛けてきたのは、恐らく・・・
花太郎が落とした冊子の山が落ちた音に驚いたが立ち止まり、こちらにやってこようとしたところで話を聞かれて。
『もう!しっかりしてよ山田君!』
『そ、そうですよ!ただの噂ですし!あの、私応援しますから!』
『恋愛に障害はつきものよ!?』
にすれば、こちらに来るに来られずで。
(それに、僕が追いかけてきたから・・・)
きっと物陰に、隠れて。
きっとそうだ。
これで全部、つじつまが合う。
『ヤダ、山田君ったらしらばっくれて!』
『バレバレですよお?花太郎先輩、さんのことがスキなんでしょ?』
聞かれたんだ。
『誰にも言わないってば!ホラ早く!』
『先輩、ファイト!』
全部、聞かれ、た・・・?
「・・・・・ッ!!」
総毛立つ花太郎。
ああ、もう、いっそ消えてしまいたい。
花太郎はガクリと膝を折り、床に手をついた。
「どうしたんですか、また何もないとこでコケたんですか?」
そんな花太郎に、通りかかった荻堂が話しかけてきた。
「あ、まんじゅうじゃないですか。お土産ですか?あ、ここの温泉結構評判なんですよね」
さらに、床に落ちた箱を拾い上げる荻堂。
「・・・・・どうぞたべてください。ぼくの、ことは・・・ほうって、置いてください・・・」
蚊の鳴くような声を出す花太郎。
「大丈夫ですよ、何にもない床でこけたなんていつものことじゃないですか、ドンマイ。ホラおきて、お茶にしましょう。ほらほら」
腕を浮かんで無理やり立たせる荻堂。
「ひ、ひとりにしてください〜〜!」
涙声の花太郎はパニック寸前だ。
「なに言ってるんですか、じゃあ誰がお茶を淹れるんですか」
「・・・・・・え、ぼくですか?」
「あ、そうですか?淹れてくれるんですか、ありがとうございます」
「・・・・・」
微妙な顔をする花太郎をよそに、荻堂は右手に温泉まんじゅう、左手で花太郎の腕を掴み、悠々と休憩室に向かった。
休憩室にはすでに数人の隊員がいて、花太郎の手によってお茶と温泉まんじゅうが振舞われた。
「・・・・・・荻堂さん」
「はい?」
「荻堂さんって、女の人にもてますよね」
花太郎は、隣に座った荻堂に話しかけた。
「そうですね」
しれっとこたえる荻堂。
「ぼく・・・あの、す・・・気になる人が居て」
荻堂の言葉を気にせず言葉を続ける花太郎。
「食べないんですか?」
「え?」
「まんじゅう」
花太郎の持つ皿を指差す荻堂。
「あ、ど、どうぞ」
皿を差し出す花太郎。
「どうも。それで?」
「え?」
「話の続きをどうぞ?」
「あ、ええと、その・・・それで、そのヒトには許婚が居て」
「はいはい」
「でもそれは僕の勘違いで。それが勘違いだって教えてくれたのはその人で」
「はいはい」
「それで・・・その・・・あの・・・」
俯いて、言い淀む花太郎。
「病弱な人が相手だとイロイロ大変ですね」
「んな!?」
花太郎は荻堂の言葉にぎょっとして顔を上げた。
「だって、さんなんでしょう?」
「し、ししッ、しって・・・!?」
その名を出され、真っ赤な顔でどもる花太郎。
「知ってるというよりバレバレですね。さんの看病してるときなんて、足が地面から5センチほど浮いてますし」
「うええ!?」
奇声を上げる花太郎。
「そのくらい浮かれてるってコトですよ」
「・・・・それって、さんにも、やっぱり、バレバレなんでしょうか・・・」
花太郎は、真っ赤な顔を次は真っ青にする。
「さあ?それは。自分への好意には、みんな鈍感なものですからね。・・・て、『やっぱり』ってどういうことですか?」
「・・・え、いや、その、イロイロあって・・・」
「ばれたんですか」
荻堂の言葉は、花太郎の胸中を見透かすようだった。
「た、多分・・・」
「ばれたら困るんですか?」
「こ、こまりますよおッ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって・・・」
荻堂の問いかけにたじろぐ。
「勘違いだって、教えてくれたんでしょう?ソレはつまり、勘違いされたくなかったって事じゃないんですか?」
「・・・・、そ、そうですね・・・でもそれって・・・ええと。どういう?」
なんだかもうワケがわからなくなって、ただ続きを促す花太郎。
「そりゃあ」
「そりゃ?」
「勘違いされるのがいやなほど、朽木隊長のことが嫌いだとか?」
「・・・・・・・・・・」
「冗談です、冗談。こんな美味しいお土産くれるんだし。好かれてますよ、あなたは」
花太郎の差し出した分をすっかり全部平らげる荻堂。
「・・・ぼく、どうしたらいいんでしょう」
「どうしたいんです?」
「・・・・・」
俯いていた花太郎は顔を上げ、荻堂をぼんやりと見た。
そしてまた、ゆっくりと俯いて。
わかりません、と呟いた。
「・・・ただ」
「ただ?」
己が胸の内にて想いを馳せれば。
瞼の裏に、貴方の姿。
恋をしたなら、それは、きっと幸福なのだと。
それだけなのだと。
思っていたのに。
瞼の裏の貴方は、儚くて。
なぜか、泣きたくなる。
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(06/02/26)