夜をゆく。
ひとりで。
随従もなく。
辿り着いたのは、旧市街。
白哉はそこで足を止め、廃墟を見上げた。
「・・・・・・・・」
そこには先客が、いた。
こちらが声を掛けるより先に、口を開く。
「朽木家のご当主様が徘徊癖とはね」
「・・・・・・」
「それとも、一人寝は寂しいか?」
そして、くつくつと笑う。
「黙れ」
「ねえ、まだ、愛してるの?」
「下らん」
からかうような問いかけを、白哉は一蹴した。
「見ることも触れることも、声を聞くことすらできない相手を、まだ?」
「・・・そんな言葉では、私の、何一つたりとも揺らぎはしない」
冷ややかに、告げる。
月を隠していた、雲が流れ。
「白哉」
「・・・・なんだ」
名を呼ばれたのはどれくらいぶりか。
そんなことを、思う。
「どちらが辛いの?」
「・・・・」
廃墟の屋上に、おそらく寝そべっているのでだろうその青白い腕が空に投げ出されている。
ぴくりとも動かぬそれを、白哉は見た。
「残して逝くのと、残されて逝かれるのと」
■ 朽ちる
「お前とは遊ばない。嫌いだから」
歯にものを着せずそう言う少女のことを、白哉は、嫌いではなかった。
白哉が、と初めて会ったのは片手で事足りる年の頃。
幼い頃からその才能の片鱗を見せていた白哉はすでに次期当主と噂されていた。
白哉自身は周りの者たちの期待を重荷とも思わなかった。
それが当然なのだと。
自らが歩むべき道なのだと。
そんな白哉の前に、は現れた。
家は朽木の遠縁にあたる。
は男系が続いたその家に久方に生まれた女児だった。
は。
は朽ちた少女だった。
青白い肌、色素の薄い髪。
そして、こけた頬。
擦り硝子のような、輝きの無い瞳。
病み上がりかと白哉は思ったが、のその容貌はその後変わることがなかった。
年が近いせいか、それとも分家の目論見か、二人は幼いころから顔をあわせることが多かった。
「ナニを読んでる?」
中庭の木陰で本を読んでいた白哉に、そう、が言った。
「・・・、書物だ」
白哉の周りにいたのは、大人ばかりで。
のような年の近い子供など1人もいなかった。
「見ればわかる。なんの本を読んでるんだ」
「鬼道の詠唱破棄について・・・」
「なんだ。もう読んだものか」
そう言って、は庭を後にした。
「・・・・・」
そんな風に飾らぬ言葉で話し掛けられた事はなかったから、幼かった白哉はただただ驚いた。
しかししばらくして、は悪戯をしてつまみ上げられた猫のように連れてこられた。
「離せ!離せって!なんで私がこんなヤツと遊ばなくっちゃいけないんだ!嫌だったら!」
儚げな容姿とは裏腹に、その声は力強かった。
不思議と思い出すのはそんな頃の事。
なぜ、思い出すのかは。
今、その、病んでいるかのような青白い寝顔を見ているから。
廃墟を音も無く駆け上がり、横たわるその姿を目の当たりにしているから。
「・・・おい」
声を掛ける。
返事がない。
眠ったのか。
いや。
探れば、その霊圧は酷く不安定で。
「・・・」
何十年ぶりだろうか、その名を呼ぶ。
「・・・・・まだ、生きるのか。生きたいのか、そんな身体で」
枯れた花は。
朽ちて散って、地に還るだけだというのに。
「なにが、お前をそこまで執着させる?」
その日の夜更け。
朽木隊長の手によって、さんは総合救護詰所に運ばれた。
その時、ぼくは。
散らばった古い文献の、その中心で。
彼女が抱えるものを。
彼女を蝕む諸刃を。
(06/03/01)