ここは、尸魂界・瀞霊廷。
市街から少し離れた竹林。

どこからともなく風が吹き、竹林を揺らす。

ざわめくその音は、通る者の不安を煽る。
先の見えぬ蛇行した道でせわしなくきらめく木洩れ日が、視界を惑わせる。




竹林の奥にひっそりと建つその庵は、こうして人を遠ざける。











庵の主にとって心許す者、必要な者以外を。















だが、<御伽堂>と呼ばれるその庵に、毎朝やってくる死神がいる。

小柄なその死神の名は、山田花太郎。

背には、四番隊である事を示す救護鞄。
そして、手には薬箱。

つまり彼は、庵の主が心を許す者であるということだ。








































【 想いが交わるその先 】





































花太郎は声も掛けずに戸を引いて、庵の中に入る。

三和土を草履のまま歩き、板間に足を上げる。

火の気の無い囲炉裏を通り過ぎ、奥の部屋に続く襖の前に立つ。

そこでようやく草履を脱ぐ花太郎。
足元に薬箱を置いて、声を掛けた。

「おはようございます。さん、昨日は良く眠れましたか?」




花太郎は無言で待つが、返事は無い。




さん、起きてます?入りますよ?」

奥からかすかな物音が聞こえ、花太郎は襖を開いた。





奥の部屋は広く、雑然としている。

隙間なく本が詰め込まれた書架が部屋の仕切りのように並び、途中から薬品棚に変わる。
中央には大きなテーブルが置かれ、実験用の器具が所狭しと並んでいる。

転々と置かれた椅子はすべて、本が乱雑に積まれ、本来の意味を成していない。




床には巻物がいくつも広げられ、歩く事さえままならない。










「・・・・・・・・・・」

御伽堂は外から見れば小さな庵だが、現在の庵の主の幻術が施されている。

実際の建物は近代的で、大きさは約三倍。
三和土も庵も、幻だ。

本来の入口は、襖に見せかけたドアだったりする。




もちろんそれは花太郎自身が見破ったのではなく、庵の主に教えてもらったからだ。




人を拒む庵。

だが実際辿り着き中に入ったところで、これだ。




「・・・・・・・・」

部屋の状態を見た花太郎は呆れたようにため息をつく。




視線を奥にやれば、質素な寝台からはシーツがでろりと落ちていて、寝ていたはずの主はいない。

すぐ隣に、姿見。
それは困ったような表情の花太郎を映す。

その下に小さなチェストが置かれていて。

すぐそばに、はさみを持ってたたずむ庵の主、の姿があった。




「!」
花太郎は目を見開く。




は、起きたばかりなのか寝間着姿だ。

ゆるく編んであった髪は解けて流れ落ち、表情が見えない。




ただ、握り締めたはさみの先がまっすぐ、の咽喉元に向いていた。






さん!?」

とっさに、花太郎は駆け出す。
床のに散らばる巻物を構わず踏み、滑りそうになりつつも。

「なにしてるんですか!?」
そして、の手からはさみを奪う。

「・・・・・・・、なに?」
は緩慢な動きで花太郎を見た。

「なにって!それはこっちのセリフです!こんなもの持ち出してどうしようっていうんです!?」

「・・・・・・どうって。髪を」
花太郎の剣幕に気圧されつつ、は答える。

「カミ!?カミがなんですか!!」

「なにって・・・ええと、伸びてウザいから」

「だから!?」

「だから・・・切っちゃおうかなあ、と・・・思って?」
そこまで言って、は髪をかき上げた。

「〜〜〜〜ッ」
その言葉を聞いた花太郎ははさみを持ったまま、がっくりと床に手をついた。



その姿に、は首をかしげた。
「・・・なんか勘違いした?花」

「び、びっくりさせないでくださいよ、もお〜!」

「びっくりしたのはこっちだよ。はさみ返してよ?」
は床にへたり込む花太郎に手を差し出す。




「・・・・・」

花太郎はその手を見て。

はさみを見て。




「だ、だめです!」
後ろに隠す。

「・・・なんで?」

「だって、せっかくそんなに長いのに・・・切るなんてもったいないですよ」

「だってうっとうしいんだもん。切ったってまた伸びるし」

「でも・・・綺麗なのに」

「短くなったら綺麗じゃないの?」

「そ、そんなことないです!でも・・・」
ぎゅっとはさみを握って、上目遣いの花太郎。

「あのね、長いとイロイロ面倒なんだよ?花太郎みたいに短くてクセの無い髪ならいいけどさあ。私のって一晩寝ただけで絡まるし、結わえないと広がるし。髪乾かすのも大変だし〜」
は毛先をいじりながらブチブチ不満を漏らす。

「十一番隊にいた頃は、弓親とかが時々編んだりしてくれたんだけどさァ・・・自分でやるのってメンド、」

「ッじゃあ、ぼくがします!」
の言葉をさえぎり、花太郎はすっくと立ち上がる。

「へ?」

「こ、ここにすわってください!」
花太郎はすぐそばの椅子から本をどけ、背もたれを持って動かしの方に向けた。

「・・・」
言われるがまま、そこに座る




「え、えと・・・クシと・・・か、髪留めとか、・・・は」

花太郎はそう呟いて部屋をキョロキョロ見渡す。

「クシも髪留めもチェストの一番上の引き出し。ていうか、花太郎髪いじれるの?」

問われた花太郎はぴたりと動きを止めた。

「・・・み、三つ編みくらいなら・・・」
自信なさげに言う。

「そう?じゃあよろしく」
だが気にした様子もなく任せる

「・・・・」
花太郎はクシと髪留めを取って、の背後に立つ。

呼吸を整え、髪をひと房手に取る。




(うわあ・・・)

色素が薄く細いの髪は、思ったとおりやわらかかった。

他人の、ましてや女性の髪など触れた事のなかった花太郎は、胸をときめかせた。

ましてやそれが、愛しい相手ならばなおさら。




クシを髪に通してゆっくりとすく。

毛先まで下ろして、またクシを髪に通して。

今まで、ただ眺めるばかりだった髪に触れて。

クシで梳いて。

指を絡めて。

髪を傷めぬよう、ゆるく編んでいく。






、さん」

「んー?」
どこか眠たそうな声では返事をした。

「髪、切らないでくださいね・・・・?」

「んー」

「三つ編み以外も覚えるんで・・・、だから・・・」




腰の辺りまで編んで、髪留めを留める花太郎。




































だから、他の人には触らせないで。









































ノドまで出かかった言葉を、花太郎は飲み込んだ。




だってそれは嫉妬で。
独占欲で。




けしてキレイな感情じゃない。













いままで、誰かを好きになったところでその恋が実ることはなく。

その気持ちに胸が苦しくなることはあっても、最後には失恋の痛みに変わる。





想いが交わるその先は未知の世界。




(レンアイって難しいんだな・・・)




人を好きになるということは、ただ好きということでは終わらなくて。











化学反応のように違う感情を生み出す。

















「・・・花太郎?」
様子を窺うようなの声に、はたと我に返る。

「は、はい?」

「おわった?」

「あ、はい!」

「・・・・・・・」
は、留められた髪を掴んで、毛先を見る。

その様子を見て、花太郎は
「す、すいませんヘタクソで・・・」

「ん〜?そんなことないよ」
指先で髪留めを弄りながら、はまだ結われた三つ編みを眺めている。





「ありがと、花」

「いえ・・・」







「・・・ごめん、ね?」




「え?」










「嘘なの」




の言葉に、花太郎はもう一度、え?と言った。




「弓親に編んでもらったとか、嘘だから」

その言葉に、目を丸くする花太郎。

「花太郎があんまりムキになって言うから、からかった。ごめん?」




振り返る




さん・・・」




「他人に触られるのってあんまスキじゃないんだよ。こんな身体だからさァ?」




の身体には、疾患がある。

胸にぽっかりと空いた穴。
カザアナと呼ばれるそれは、今も彼女を蝕んでいる。




それを知る人間は、少ない。







「・・・それは、その、つまり、あの」

自惚れかもしれない、そう思うと花太郎の口からは続く言葉が出てこない。







「楽しみにしてていい?」

「・・・ッはい!あの、勉強します!」

「うん、任せる」

















翌日、四番隊の隊舎で女性隊員に髪型のことを聞き回る花太郎の姿があった。

























【 終 】

 

 

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(06/07/27)